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一人の死と、国際社会と・・・  ③

投稿者: dragon888888888888888888888888k 投稿日時: 2005/04/05 22:35 投稿番号: [839 / 1657]
4月4日付・読売社説(2)

[ローマ法王死去]「冷戦終焉の立役者でもあった」


  歴代法王の中でも3番目となる長期在位だった。冷戦の終焉(しゅうえん)や9・11テロなど歴史的な事件が次々と起き、四半世紀を超える在位期間は、そのまま激動の現代史に重なる。

  ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世が死去した。84歳だった。

  100回以上も外遊し、「空飛ぶ聖座」と呼ばれた。法王として前例のない精力的な活動ぶりは、カトリック信徒のみならず、世界の耳目を集めた。

  中でも、法王に選ばれて間もない1979年のポーランド訪問は、その後、国際政治の構造を変えることになる重要な意味を持っていた。

  社会主義政権下にあった母国で、法王は、ポーランド国民に「恐れることはない」と、信教の自由や脱冷戦を呼びかけた。この訴えが国民を鼓舞し、自主管理労組「連帯」を中心とする民主化運動を精神的に支えることになった。

  これが旧ソ連・東欧の社会主義政権の崩壊につながる契機の一つとなった。ヨハネ・パウロ2世が、冷戦終焉の立役者の一人と目されるゆえんである。

  宗教間対話に心を砕き、カトリック教会の過去の過ちを認めることにも、やぶさかではなかった。

  十字軍によるイスラム教徒らに対する侵略性を認め、謝罪した。ローマ法王としては初めて、ユダヤ教とイスラム教の礼拝所も訪れた。東方教会の拠点であるギリシャ訪問も実現させたが、これも、11世紀、東西教会に分裂してから初めてのことだった。

  92年には、かつて地動説を是認し、宗教裁判にかけられた天文学者ガリレオ・ガリレイについて、「教会の措置は誤りだった」とし、その名誉を回復した。

  対外的には、カトリック教会にまつわる「頑迷」という印象を緩和しながら、社会問題に関しては、保守の姿勢を貫いた法王でもあった。

  同性間の結婚、人工妊娠中絶、聖職者の結婚には反対を続けた。後天性免疫不全症候群(AIDS)を予防するためのコンドーム使用にも反対した。こうした姿勢が、エイズ禍の拡大を食い止められず、結果的にカトリック離れを招いた、との批判を呼ぶことにもなった。

  体調を崩したヨハネ・パウロ2世は最期まで法王位にあった。教会法では、退位には法王自身の自発的な辞任の意思確認が必要とされ、事実上の終身だ。

  後継法王は、近く、法王選出会議で選ばれる。約10億と見られる信徒を擁する大組織の長である。今後の国際社会においても、新法王は一定の影響力を持ち続けるだろう。

(読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050403ig91.htm

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正当な批判には応じ、過ちが過ちであったなら、その過ちを認め、謝罪するーーーーーー簡単なように一見思えそうだが、非常に難しいことの1つであると思う。
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