イラク難民問題

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一人の死と、国際社会と・・・  ① 

投稿者: dragon888888888888888888888888k 投稿日時: 2005/04/05 22:34 投稿番号: [837 / 1657]
社説:
ローマ法王   寛容の精神で世界を変えた



  世界の平和と変革にささげた生涯だった。84歳で死去したローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、81年の訪日も含めた頻繁な外遊によって「旅する法王」「空飛ぶ聖座」と呼ばれた。「宗教と政治」という大きなテーマに意欲的に取り組み、積極的に政治問題に関与した「闘う法王」でもあった。ほぼ四半世紀にわたる法王の貢献をたたえたい。

  ポーランド人では初、イタリア人以外では約450年ぶりの選出とされる異色の法王だった。華々しい業績の背景には、辛酸をなめた故国ポーランドの歴史が透けて見える。1920年に同国南部に生まれ、幼い時に母親が死去した。その後、妹や兄、父を次々に失った。世界大恐慌、ナチスの台頭、ドイツ軍侵攻、独ソ戦開始も含めて、ポーランドが歴史の荒波にもまれた時代だった。法王が人間の尊厳と生命の大切さを訴え続けた背景に、こうした悲しみの時代への心の痛みがあることは想像に難くない。

  法王として初めてユダヤ教のシナゴーグ(礼拝所)やアウシュビッツ強制収容所の跡地を訪問した。第二次大戦時のユダヤ人大虐殺(ホロコースト)に対し、カトリック教会は見て見ぬふりをしたのではないかという反省と謝罪の気持ちからだった。カトリック教会の歴史的な問題点を率直に問い直し、ユダヤ人や南米先住民への迫害を謝罪する一方で、異宗教間の交流や東西キリスト教の和解を訴えた。

  戦争の恐ろしさと悲惨さを知り尽くしていた法王は、91年の湾岸戦争や03年のイラク戦争を批判した。また、人間の尊厳を軽視する政治体制への批判を繰り返し、寛容の精神に基づく社会改革や変革を求めた。

  ポーランドの自主管理労組運動の精神的支柱として、同国の社会主義政権が崩れるきっかけを作った。これが「ベルリンの壁」の崩壊につながり、ソ連・東欧社会主義体制の大崩壊へと発展していった。こうした世界政治の激動は、法王の存在抜きでは決して語れないものである。

  その一方で、「資本主義は勝利者となり得るか」と現代経済の在り方に疑問を呈し、グローバリゼーションについては「途上国の貧困を招いた」と批判した。

  政治問題では革新的な立場を取り、従来の教会の枠にとらわれない、カトリック的世界観の変革と拡大を打ち出したが、人間の生命に関する倫理問題では保守的路線を貫いた。妊娠中絶や安楽死に反対し、エイズ予防のコンドームの使用にも反対した。

  法王の生きた時代は激しい殺りくと戦争が繰り返された。人間の価値がおろそかにされ、暴力がまかり通った。荒れ狂う時代の流れに、声高ではなく、静かに、穏やかに異議を唱え、命の大切さを訴えた法王は、カトリックのみならず平和を求める人々の間で大きな存在感を持っていた。

  幅広い層から敬愛された法王の死は、今の世界のあり方を問い直す機会にもなるだろう。

毎日新聞   2005年4月4日

http://www.mainichi-msn.co.jp/column/shasetsu/news/20050404k0000m070107000c.html

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私はと或る人からjokeで「ヨハネ・パウロみたいな奴だ」という風に例えられた。

たぶん、最晩年でよぼよぼで何もできない時代の彼を私に喩えたんだと思う。

今こうして日本の各三大新聞社と呼ばれる新聞社がコメントする故ヨハネ・パウロ2世を読むと、恐れ多いと考えてしまう・・・。

「戦争の恐ろしさと悲惨さを知り尽くしていた法王は、91年の湾岸戦争や03年のイラク戦争を批判した。また、人間の尊厳を軽視する政治体制への批判を繰り返し、寛容の精神に基づく社会改革や変革を求めた。」か・・・・・。



アーメン。
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