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>愛の次元 (電波再び 3)

投稿者: nanntyattesamurai 投稿日時: 2005/04/05 22:06 投稿番号: [835 / 1657]
>どうやら、私の言いたかったことが伝わっていないようですね。

そんな事はありませんよ

私の言いたい事は一つ
この世に生を受けたと言う事は
この世(物質界)の法則で生きる事
そのものが、私達に課せられた宿題だと言う事です。
(それが、お米を慈しんで育てている農家や
  子供をそっと見つめる母親に、神性を見出す事だと思います)

理路整然と真理のみあれば良いと言うのであれば
主神のみが、いらっしゃれば良かったのではないでしょうか。
この物質界を、創る意味さえ無かったのではないでしょうか?

この世を神が創ったのであるならば
唯心と唯物は表裏一体であり
唯心のみでも間違いですし、唯物のみでも間違いです。

又、人の神性の行き着く先が主神であるならば
利己愛と利他愛は表裏一体であり
それが一神(真理)多神(現実)が表裏一体だと言う事ではないでしょうか?

そこに、異文化との共存の可能性があり
世界政府の可能性が在ると信じております。

ただし、愛にも順番が存在すると思います。
それが「時」なのです。

物質界でなければ、愛に順番や順位は必要無いのかもしれません。
しかし、物質界では話が違います。
この世の存在は「物質界の法則に則る事」そのものに意味がある訳ですから
「時」と言うものに縛られます。

たとえそれが真理でも「時」を過てば
「偽真理」と見なされるかもしれませんし
この世に災いをもたらすかもしれません。

真理(愛)を説くにも時があり
真理(愛)を行うにも時があります

大本教の教祖の言葉
「神とても時には勝てぬ」も
そう言った意味ではないでしょうか。

これが、物質界に生きると言う事であり
時の概念でもあると思います。
(キリストは死の時を知っていた
自らの死が、神の経綸を動かす事を知っていたのではないでしょうか?)

(正視)

何時も何時も、抜き身の刀である必要はありません。
必要な時に抜けば良いと思います。

必要な時にメガネを外せば良いのであり
必要な時に、心の尺度を外して
心(概念)に写る、対象の像そのものを
見れば良いと思います。

ただし、必要な事は
自分がどのメガネを掛けていて
どの様な尺度を持っているのか
「それ」を知る事であると思います。

「それ」を知るから(知らなかった事に気づくでも   可)
自らの心(概念)を直視できるのではないでしょうか。

感情もメガネや尺度の一つです
私は、感情を伴って、物を見ても良いと思います。
ただ、必要な時にそれ(感情)を外せば良いのではないでしょうか?

そして、「それ」を知る事が、「開示悟入」の入の世界にたどり着ける
可能性を生むのではないでしょうか?

それは、全ての人の心の中に「神性」があるからであり
自分が分かった所までしか、他人を分かる事ができない、
その理由ともなると思います。
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