>>反日運動のタイミング
投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2005/04/17 18:05 投稿番号: [1331 / 1657]
>神道には神社の組織ネットワークはあるけれど
教義をコントロールをするシステムがありません。
この点に同意します。
ネオさんご指摘の点は、折口信夫による「神道は宗教になるべき」という主張と基点を同じにするものですね。
神道が、いわゆる「宗教」となる日は来ないでしょう。
だから世俗のものが距離を保ちながらも、関わらなくてはならないのです。
地上との接点として、身内を失った悲しみと共に。
>で、清めるのが重要なのはいいとして、
その裏返しとして"不浄"の民として
神道上も差別してきた被差別部落に対して
現代においてどのように教義上の修正を加えるのか?
私は「同じ戦に斃れたものとして、同じように祀るべき」と考えています。
皆が当たり前のように肉食をはじめた明治以降、自分たち自身を含む皆が必要とした行為に従事したがゆえに、祭祀から除かれるというのはやはり、認めることが出来ません。
>「被差別部落民が祟ったらどーすんだよ?」と質問されて
現代の日本人が納得するように教義にもとづいて返答できる神道関係者はいないんじゃないですか?
そこまで考えていないのが大半ではないかと思います。近年の国際政治に翻弄されて、沈黙を強いられる状況は決して望ましいものではなく、問題の先送りと棚上げになってしまっているのではないだろうかとさえ思うのです。
>だったら、靖国神社に関しては枠組みを見直すのが当然といえるわけです。
私もこれはするべきと考えています。
がしかし、政治状況がそれを許さなくなってしまった・・・。
祭祀の在りようをまったく異にする、他国から受ける批判が、どれほど生産的になるのか・・・?
社が祈りの場に立ち戻り、靖国を見直す機会が訪れる時が早く訪れることを願ってやみません。
これは メッセージ 1330 (neo_con_spiracy さん)への返信です.
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