世界の戦場で、バカとさけぶ
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2004/12/12 11:16 投稿番号: [981 / 1062]
『世界の戦場で、バカとさけぶ』
著者:橋田信介・橋田幸子
http://www.ascom-inc.jp/4-7762-0216-6.html
橋田氏の故郷の「ウベニチ新聞」に週連載していた
「ババボボ日記」を編集しなおしたもの。
最初は、買うつもり、無かったんですが・・
連載は、ネットであらかた読んだつもりだったし、
橋田さんの主張は、もう、よくわかってる。
ところが・・めっちゃ、おもしろかった!
取材の裏話・・それ以上に、夫婦のやりとりが。
幸子さんの書いた部分が、特によかった。
互いに尊敬しあい、だから、言いたいように言える、
本当に素晴らしい夫婦・・だった・・
個々の話題は断片的ですが、「覚悟」第2章を読んでからだと、
わかりやすいと思います。
以下、一部抜粋。
◆はじめに(橋田幸子)
『この本を出すことが、橋田への私なりの供養なのです。
・・夜な夜な、橋田がこれまでに出した本や雑誌に書いた原稿を読みあさった。
・・そこに書かれているものは、どれもこれも、橋田が私に毎日語りかけていた
ものだった。・・』
◆第1章 イラクの戦場で、バカとさけぶ
『不肖・老兵、義勇兵になる(橋田信介・03年4月)
・ ・イラク大使館員は、「今はイスラム義勇軍のビザしか出せない。日本人の
お前は無理だ」そう言うのです。
「いや、それだったらオレは大丈夫。年は60を越えている。子供も育った。
今や、オレの命はアラーに捧げるのみだ」・・ついに奇跡が起きました。日本人
である私にムジャヒディン、イスラム義勇兵のビザが下りたのです。
「ショクラン(ありがとう)。イラクに戻って米軍兵士と戦います」・・』
◆第2章 バンコクで、ババボボとさけぶ
『まぶたの母(橋田幸子・96年)
夫は意を決して、中国側から北朝鮮国境への偵察に出発しました。
出発の前日、「ねえ、あなたの若い頃の白黒写真ないかなあ?」・・
「奥さんの写真を旅行にもっていこうなんて、どういう風の吹きまわし?・・」
「違うよ、北朝鮮の国境なんかウロツイテいて公安に怪しまれると困るからだよ。
あなたの若いころの写真を見せて、オフクロを探している、ということにする
んだ・・」・・私が夫のオカアサンになる?・・』
◆第3章 世界の戦場で、バカとさけぶ
『橋田の妻として生きる覚悟(橋田幸子・00年)
夫は「防弾チョッキ」をもって、イスラエル−パレスチナへ出かけていきました。
・・・女として、こういう夫をもつことが幸せなのか、不幸なのか?
せっかく出かけていったのだから、いい取材をしていらっしゃい。
私は、私は…今回の取材経費を捻出するために、撮影済みの「像」の映像の一部を
切り売りしようと、売り込みに行ってきます。』
◆ 第4章 戦場からニッポンに、バカとさけぶ
『私、賄賂になります?(橋田幸子・01年)
懲りもせず、夫はあの後もまだ、「カンダハルに入りたい」といいつづけています。
・ ・毎日、店(じゅうたん屋)のオーナーのハジに、「私たちを荷物に隠して
カンダハルまで連れていってくれ」とお願いしているのに、いまだに実現できない
でいるのです。
・ ・「私をバイクーシ(賄賂)代わりにしたらタリバンは絶対オーケーだっていうよ!」
・ ・「バカいえ! 女なんかバイクーシ代わりになれるもんか。第一、お前、ナンを
焼けるか? 手で洗濯ができるか? 石でウンチがふけるか? 井戸の水が汲めるか?
なんの役にも立たない。お前は、バイクーシの代わりにもならない!」
はあーっ。文明国からきた女は、ただただ、うなだれるだけでした。』
『高速道路で大暴れ(橋田信介・03年)
・ ・JRの高速バスで福岡に向かいました。・・トンネルの中で事故が起きた
のです。・・私は、高速であろうと低速であろうと、もう4,5時間かかる
ようだったら、自力で脱出するのです。・・
・・唐突ですが、今の日本人はイラクに行ったら全員死ぬでしょう。それは
断言できます。なぜなら、マニュアルでしか動かない人間は生きていけない
からです。「知識」ではなく「知恵」がないと生きていけないからです。
日本はもう一度、福沢諭吉の「独立自尊」に戻る必要がありそうです。
政治も個人生活も。』
◆あとがき いつか、サヨナラを(元ウベニチ新聞社 飯田 進)
◆あなただったら、何と言うだろうか、どう考えるだろうか?(橋田幸子)
最後に幸子さんが書くのは、香田さん事件での政府対応の批判、そして、
自衛隊派遣への批判。
こ
著者:橋田信介・橋田幸子
http://www.ascom-inc.jp/4-7762-0216-6.html
橋田氏の故郷の「ウベニチ新聞」に週連載していた
「ババボボ日記」を編集しなおしたもの。
最初は、買うつもり、無かったんですが・・
連載は、ネットであらかた読んだつもりだったし、
橋田さんの主張は、もう、よくわかってる。
ところが・・めっちゃ、おもしろかった!
取材の裏話・・それ以上に、夫婦のやりとりが。
幸子さんの書いた部分が、特によかった。
互いに尊敬しあい、だから、言いたいように言える、
本当に素晴らしい夫婦・・だった・・
個々の話題は断片的ですが、「覚悟」第2章を読んでからだと、
わかりやすいと思います。
以下、一部抜粋。
◆はじめに(橋田幸子)
『この本を出すことが、橋田への私なりの供養なのです。
・・夜な夜な、橋田がこれまでに出した本や雑誌に書いた原稿を読みあさった。
・・そこに書かれているものは、どれもこれも、橋田が私に毎日語りかけていた
ものだった。・・』
◆第1章 イラクの戦場で、バカとさけぶ
『不肖・老兵、義勇兵になる(橋田信介・03年4月)
・ ・イラク大使館員は、「今はイスラム義勇軍のビザしか出せない。日本人の
お前は無理だ」そう言うのです。
「いや、それだったらオレは大丈夫。年は60を越えている。子供も育った。
今や、オレの命はアラーに捧げるのみだ」・・ついに奇跡が起きました。日本人
である私にムジャヒディン、イスラム義勇兵のビザが下りたのです。
「ショクラン(ありがとう)。イラクに戻って米軍兵士と戦います」・・』
◆第2章 バンコクで、ババボボとさけぶ
『まぶたの母(橋田幸子・96年)
夫は意を決して、中国側から北朝鮮国境への偵察に出発しました。
出発の前日、「ねえ、あなたの若い頃の白黒写真ないかなあ?」・・
「奥さんの写真を旅行にもっていこうなんて、どういう風の吹きまわし?・・」
「違うよ、北朝鮮の国境なんかウロツイテいて公安に怪しまれると困るからだよ。
あなたの若いころの写真を見せて、オフクロを探している、ということにする
んだ・・」・・私が夫のオカアサンになる?・・』
◆第3章 世界の戦場で、バカとさけぶ
『橋田の妻として生きる覚悟(橋田幸子・00年)
夫は「防弾チョッキ」をもって、イスラエル−パレスチナへ出かけていきました。
・・・女として、こういう夫をもつことが幸せなのか、不幸なのか?
せっかく出かけていったのだから、いい取材をしていらっしゃい。
私は、私は…今回の取材経費を捻出するために、撮影済みの「像」の映像の一部を
切り売りしようと、売り込みに行ってきます。』
◆ 第4章 戦場からニッポンに、バカとさけぶ
『私、賄賂になります?(橋田幸子・01年)
懲りもせず、夫はあの後もまだ、「カンダハルに入りたい」といいつづけています。
・ ・毎日、店(じゅうたん屋)のオーナーのハジに、「私たちを荷物に隠して
カンダハルまで連れていってくれ」とお願いしているのに、いまだに実現できない
でいるのです。
・ ・「私をバイクーシ(賄賂)代わりにしたらタリバンは絶対オーケーだっていうよ!」
・ ・「バカいえ! 女なんかバイクーシ代わりになれるもんか。第一、お前、ナンを
焼けるか? 手で洗濯ができるか? 石でウンチがふけるか? 井戸の水が汲めるか?
なんの役にも立たない。お前は、バイクーシの代わりにもならない!」
はあーっ。文明国からきた女は、ただただ、うなだれるだけでした。』
『高速道路で大暴れ(橋田信介・03年)
・ ・JRの高速バスで福岡に向かいました。・・トンネルの中で事故が起きた
のです。・・私は、高速であろうと低速であろうと、もう4,5時間かかる
ようだったら、自力で脱出するのです。・・
・・唐突ですが、今の日本人はイラクに行ったら全員死ぬでしょう。それは
断言できます。なぜなら、マニュアルでしか動かない人間は生きていけない
からです。「知識」ではなく「知恵」がないと生きていけないからです。
日本はもう一度、福沢諭吉の「独立自尊」に戻る必要がありそうです。
政治も個人生活も。』
◆あとがき いつか、サヨナラを(元ウベニチ新聞社 飯田 進)
◆あなただったら、何と言うだろうか、どう考えるだろうか?(橋田幸子)
最後に幸子さんが書くのは、香田さん事件での政府対応の批判、そして、
自衛隊派遣への批判。
こ
これは メッセージ 978 (take_the_rag_away さん)への返信です.
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