イラク日本人襲撃事件

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オヨヨ通りから世界をまわって

投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2007/04/24 22:53 投稿番号: [1060 / 1062]
【追悼】鴨志田穣氏
土肥寿郎(寿郎社代表)

  オヨヨ通りと呼ばれた南一条西五丁目あたりが当時の札幌の遊び場だった。彼はよくジャズ喫茶にいた。進学もせず就職もせず中途半端な遊び人である自分にいらだっていた。
  だから二十歳を前にして東京に出た。そして新宿の焼鳥屋で働いた。常連客と朝まで飲み歩く生活の中で、海外を知るカメラマンから刺激を受けた。ベトナム戦争を取材した開高健や沢田教一に憧れ、カメラを買い、何もわからぬままタイに向かった。そしてアジアを放浪する。
  ある時、一人のジャーナリストと出会う。後にイラクで亡くなる橋田信介氏だ。即座に弟子入りし、以後ビデオカメラをかついで世界の紛争地帯を駆け回った。
  だが、本物の戦場は想像を絶していた。目の前で人が死ぬ。とてもカメラなんか回せない。自分も死ぬかもしれない。強い酒なしには眠られなくなった。
  タイに戻って今度は一人の日本人女性と巡り会う。人気漫画家の西原理恵子氏。一年後に結婚し一男一女を授かるが、酒量はひどく増え、七年で離婚。彼の面倒を見ていた母親も限界に達し、その後みずから精神病院に入院して治療に取り組んだ。
  そしてこの一年は完全に酒を断って、復縁もした。家族で旅行にも行った。しかし、すでに腎臓がんが進行していて、平穏な暮らしは半年で終わった。東京に桜が咲いた三月二十日、フリーカメラマンで作家の鴨志田穣はこうして四十二年の生涯を終えた。
  オヨヨ通りから始まる私小説を書きたいと言っていた。しかしアルコール依存症との戦いを綴った『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』(スターツ出版)で力尽きた。その本に寄せられたリリー・フランキーさんの言葉をいま友人としてかみしめる。〈なんだかんだあっても、幸せな男。〉   タイムアップだ鴨よ、旅のつづきはきっと誰かがしてくれるだろう。


遺稿
【小説】旅のつづき
〈第十三回〉 邂逅   (1)   (2007年3月13日更新)
〈第十四回〉 邂逅   (2)   (2007年3月20日更新)


http://homepage2.nifty.com/jyurousya/




故・鴨志田穣「お別れの会」

日時:4月28日(土)16〜18時
場所:東京丸の内・パレスホテル 2階 ローズルーム

2007年3月20日に腎臓がんで逝去した鴨志田穣のお別れ会を上記の日程で行います。
関係者とファンがともに集い、故人を偲びたいと思いますので、どなたでもお越しいただけます。
随時、ご献花をいただき、故人を知る方々のスピーチをうかがいながら、パーティ形式でご歓談をいただきます。
平服でお越しくださるようお願いいたします。

<主催・故鴨志田穣氏お別れの会事務局より>
献花用の花は会場に用意しておりますので、お持ちいただく必要はありません。
ご香典は受け付けておりませんが、会場内に「募金箱」を設けます。


http://www.toriatama.net/kongetu.htm
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