イラク戦争

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反占領の非暴力直接行動という闘争形態も①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/06/04 07:11 投稿番号: [4695 / 5091]
  この数ヵ月で一体どれだけ多くのイラクの一般市民の命が奪われたのだろう。
しかも毎日毎日だ。こんな状況は明らかに異常だ。
もし、反米武装勢力の内、レジスタンスという矜持がある組織なら、
こんな異常事態には耐えられない筈だ。
無差別テロを行っている勢力と縁を切り、戦うべきだ。
もはや黙認は許されない。
「別個に進んで一緒に撃つ」というのも、この場合、もはや欺瞞だ。

  無差別テロを行っていない地元武装勢力は、
①一方的停戦宣言
  (自衛の為の防衛的権利はもちろん保有しつつも)
②テロリスト組織を排除する
③その上で、合法的な反米レジスランス活動を行う。
  平和的な集会、デモ、選挙参加、労働組合運動、女性団体への支援

  確かに、占領への抵抗権は正当だ。
しかし、その闘争形態が、平和的な闘争形態であってもよいわけだし、
事実、非暴力のレジスタンスも確かに存在している。
  もちろん、ファルージャの掃討戦のように、街ごと包囲して殲滅するという
相手に対しては、正当防衛の権利は当然ある。
  しかし、数万単位の街の住民を巻き添えにするということは、誰にとっても、
悲惨な敗北局面だと思う。
  米軍にとっても、政府にとっても、レジスタンスにとっても。
あんな悲劇はもう二度と繰り返してはならないと強く思う。

  選挙に種々の問題点があったことは、確かだ。
しかし、今後、選挙に参加しない理由が理解できない。
欺瞞的な選挙になど参加する必要がないとの見解に対して、
レーニンは「左翼小児病」の中で、議会的手段を使った闘争形態を
否定する者達を諭している。
議会を種々の悪行の暴露の演壇にせよという革命的議会主義を述べた。
議会の場で、正々堂々と不正を暴き出せばよいではないか。

  アラウィ首相は、米に指名されたという傀儡性があった。
しかし、現在の新政権は、イラク国民が選挙で選んだものだ。
この事実を否定することはできない。
その上で、現政権に不満があるのなら、非暴力の種々の反政府活動を行えば
よいではないか。
  自らの主張が正しいと言うのであれば、民主的且つ非暴力のルールに則って、
正々堂々と主張し、支持を広げていく努力をこそすればよいではないか。

  もし、それができないというのであれば、むしろ私はスンニ派の政治的計算を
こそ邪推してしまう。
  イラク建国以来一環してイラク政治の主導権はスンニ派が独占してきた。
今、民主的選挙に則ると、人口の二割のスンニ派に主導権を握ることは、
人口構成上は不可能であり、したがって、選挙に参加せず、むしろ、武装闘争
というかたちでの方が、自らの政治的要求を貫徹できるという政治主義、
政治技術主義的な極めて醜悪な発想と計算だ。
事実、そうなっていると言えなくもないと思う。
選挙に参加しなかったスンニ派も取り込む必要があるという配慮から、
スンニ派の閣僚が抜擢されている。
そうではないと言うのなら、民主的な選挙活動を行うべきではないのか。

人の数だけ正義はある。人の数だけ理想はある。
それはつまり、唯一絶対の正義も理想もないということだ。
自らの主張こそが最も正しいと主張するのは構わない。
しかし、主張の正当性を認めるか否かは、提起される側が決めることだ。
正々堂々と主張すればよい。しかし、民主的に非暴力で行えばよいではないか。
埴谷雄高は、「目的は手段を浄化するか」と問題提起した。
理想実現という美しい「目的」は、その為の汚れた「手段」を正当化できるのか
という問題提起だ。
勿論、正当化などできない。
否、むしろ、手段が汚れていれば、その汚れた手段の積み重ねによって実現され
る理想自体が、汚れたものにしかならないということだ。
論理的には、個々の手段に目的が内在していない限り、理想的目的は
実現し得ないということだ。
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