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実際の新興宗教イスラームの脅威(2)

投稿者: nezu_nezukou 投稿日時: 2004/11/10 20:09 投稿番号: [1919 / 5091]
■ イスラームはある日突如として世界に増殖した

イスラームは空白の中から、突如として世界に登場しました。のみならず、瞬く間に広大な帝国を築き、
今日まで続く独自の文明圏を形成しました。

まさに「空白の中から、突如として」の(欧州での)ペストの感染力のような恐ろしさであった。

この表現は単なる比喩ではありません。何故なら、イスラームは紀元七世紀のアラビア半島で生まれま
したが、統治のアラビア半島はいかなる意味でも文明世界の外にあったからであります。

古代オリエントが人類文明の揺籃の地であることは論を俟たないが、その中にはアラビア半島は含まれ
ない。この地域の文明は西アジア(メソポタミアからイランのあたり)と東地中海の周囲に発展しまし
た。メソポタミアには世界最古の都市文明が生まれ、イランには今日の中東全体を版図とする最初の帝
国であるアケメネス朝ペルシャが早くも紀元前六世紀に成立しました。地中海世界には古代エジプト、
古代ギリシャ、ローマ帝国など次々と栄えました。アラビア半島はいずれの地域からも外側にあり、メ
ソポタミアからパレスチナにかけて「肥沃な三日月地帯」というが、アラビア半島は三日月の外側、月
の陰の部分にあたる。

イスラーム登場前夜の中東の地図を見ると、西アジアを代表するササン朝ペルシャと地中海世界を代表
する東ローマ(ビザンチン)帝国が、東西に覇を唱え、争っていました。当時の文明世界を言えば、こ
の二者のことであります。周辺に小さな王国が幾つかあり、いずれかに属していましたが、メッカはそ
こさえも含まれていません。

メッカという地名は日本語でも、「中心地」の譬えに用いられます。曰く「学問のメッカ」「ジャズの
メッカ」などと引用されます。このような用法が生じたのは、勿論、イスラーム登場語のメッカの地位
によります。その前のメッカ(正しくは「マッカ」、以後原音に近い「マッカ」を使用)は、中東の二
大文明の周辺ですらない、周辺の外の僻地であります。

当時、既存の文明ににとっては、そのような僻地から新しい宗教が生まれようなどとは、考えもしなか
ったであろう。常識としてありえない。ましてや、それが世界宗教である、或いは、世界文明であると
言ったレベルに達するとは、想像もつかない。そのことを踏まえておかなければ、イスラームの登場が
当時の既存の文明にとっていかに「衝撃」であったかは、想像も(理解)出来ないでしょう。

文明の空白地帯から出てきた、未知の新興宗教イスラーム。それによって、強大であったペルシャ帝国
は滅ぼされ、帝国の国教であったゾロアスター教は滅亡寸前まで衰微し、後世ニーチェが『ツァラツス
トラかく語りき』と言った時、ツァラツストラ(ゾロアスター)が何者か誰も知らないという状態にま
でなったのであります。東ローマ帝国も地中海世界の半分以上を奪われ、世界宗教として発展しつつあ
ったキリスト教がユーラシア大陸の辺境に閉じ込められることになったのであります。当時、イスラー
ムに対して西洋が持つ反感の幾分かがこの「衝撃」に起因していることは、想像するに難くない。

そこまでも危険極まりない、未知の新興宗教イスラームであります。これが、絶対者の神の力ではなく、
宗教の力という名目だけで、人間の心の中の欲望がそのようにした、とあらば、これほどの恐怖や衝撃
はないでしょう。


(これでもあなたは米国を敵視し、平和を訴えることができますか?
  これでも安全だとあなたはお考えですか?)
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