Re: 高遠菜穂子のイラク報告
投稿者: cambodian_lotus 投稿日時: 2007/04/18 19:47 投稿番号: [280740 / 280993]
――幸い、カーシムさんは2週間弱で解放されましたが、「米軍もブログを読んでいる」と分かった後は、かなりブログを書きづらくなったのではないですか?
カーシム: 確かに、すごくナーバスになりました。実際、釈放されてからもう1度ブログを開けて見ると、海兵隊員からのコメントや、米軍の情報機関の人達からのコメントが入っていました。例えば、「ブログの中では、“占領”という言葉を使うなよ」とか、いろいろなコメントがあったんですが、僕としては、そこに僕に対してのヒントというか、「気をつけろよ」みたいな意味が見て取れました。でも、僕は“占領”という言葉を、ずっと使い続けてますけどね。
■それでも、米兵と対話する
釈放後、カーシムさんは、米軍が読んでいることを意識した上で、「今や、このブログは米軍にも読まれていることがはっきりした。でも、ここに米兵が加わって、武器を持つ者と持たぬ者とが考え方を交換し合えるというのは、平和のために良いことだ」とまで、ブログに書いている。
カーシム: ブログ上で、人々と一緒に平和的な対話をするところに、海兵隊の人達が入って来るというのは、ポジティブな事です。何よりも、彼らがブログを通して、僕達の声を聞いてくれて、ラマディの町中で起きている事実に耳を傾けてくれるというのは、非常に良い事だと思います。海兵隊の人達は基地の中にいたり、戦車の中にいたりしますから、実際に被害を受けている人達を見る機会は少ないのかもしれません。ですから、人々がどういう風に苦しんでいるのかというのを直接知ってもらえるのは、良いと思います。
――刑務所に捕まっている間、取り調べ以外にも、見張りの米兵と一緒にいる時間がありますよね。そんな時、“英語が話せる”カーシムさんとして、「あ、米兵1人1人は、本当はこんな事を考えているのか」と思うような事はありましたか?
カーシム: 収監されていた最後の2日間、見張りの米兵と個人的に話す機会がありました。そのアメリカ人は、何故イラクの人々、特にラマディの人々が米軍に対して、そんなに反感を持っているのかを、凄く知りたがっていました。彼自身も、今自分がいる状況に、非常に疲れを感じている様子でした。彼は、「個人的に、友人として助けたいという思いでイラクに来たのに、敵として扱われているということが分かった」と言ってました。全体的に、イラク人の事を非常に大きく誤解している部分もあると思います。
――実際、「逮捕された」という経験から、やっぱりアメリカという国が嫌いになった、ということはありませんか?
カーシム: 個人的に誰かを憎んでいるということはありません。でも確かに、怒りはもちろんあります。それと同時に、彼らに対して「可哀相だな」「彼らも被害者なんだ」という気持ちもあります。米軍の人達も、このイラク戦争に《騙されている》んだと思います。
■講演行脚で話している事
今、カーシムさんが日本各地で行なっている講演のチラシには、こう書かれている。
「テロとの戦い」の最大拠点と名指しされた イラク西部アンバール州ラマディ
家屋は潰され 学校は占拠された 食料配給なし 医療配給なし
空が恐怖に染まって4年 増えていくのは民間人死者数とその遺族
そして 報復を誓う抵抗勢力
なぜ ラマディは「テロとの戦い」の最大拠点となったのか?
なぜ 彼は米軍に拘束されたのか?
世界中のメディアが近づけない戦闘地域ラマディから
1人の青年が自分の体験を語るために来日した
――実際、講演では、どんな話を?
高遠: 最初は、ラマディの人々がどういう風に生活をしているか、一般的な状況を説明します。町の周りが米軍基地に囲まれているので、Googleマップを使って、住宅街が具体的にかなり細かく見えるようにした状態で、「ここに狙撃兵のポイントがあって…」など、町の様子を本当に詳しく説明します。
それから、カーシム自身の体験や、拘束された15歳の甥っ子の事、検問所で病院に行かせてもらえずに亡くなってしまったお兄さんの話をします。
最後は、そういった状況でも、彼が再建プロジェクトに賭ける思いというものを語っています。そして、実際に行なっている活動を写真で紹介します。
カーシム: 確かに、すごくナーバスになりました。実際、釈放されてからもう1度ブログを開けて見ると、海兵隊員からのコメントや、米軍の情報機関の人達からのコメントが入っていました。例えば、「ブログの中では、“占領”という言葉を使うなよ」とか、いろいろなコメントがあったんですが、僕としては、そこに僕に対してのヒントというか、「気をつけろよ」みたいな意味が見て取れました。でも、僕は“占領”という言葉を、ずっと使い続けてますけどね。
■それでも、米兵と対話する
釈放後、カーシムさんは、米軍が読んでいることを意識した上で、「今や、このブログは米軍にも読まれていることがはっきりした。でも、ここに米兵が加わって、武器を持つ者と持たぬ者とが考え方を交換し合えるというのは、平和のために良いことだ」とまで、ブログに書いている。
カーシム: ブログ上で、人々と一緒に平和的な対話をするところに、海兵隊の人達が入って来るというのは、ポジティブな事です。何よりも、彼らがブログを通して、僕達の声を聞いてくれて、ラマディの町中で起きている事実に耳を傾けてくれるというのは、非常に良い事だと思います。海兵隊の人達は基地の中にいたり、戦車の中にいたりしますから、実際に被害を受けている人達を見る機会は少ないのかもしれません。ですから、人々がどういう風に苦しんでいるのかというのを直接知ってもらえるのは、良いと思います。
――刑務所に捕まっている間、取り調べ以外にも、見張りの米兵と一緒にいる時間がありますよね。そんな時、“英語が話せる”カーシムさんとして、「あ、米兵1人1人は、本当はこんな事を考えているのか」と思うような事はありましたか?
カーシム: 収監されていた最後の2日間、見張りの米兵と個人的に話す機会がありました。そのアメリカ人は、何故イラクの人々、特にラマディの人々が米軍に対して、そんなに反感を持っているのかを、凄く知りたがっていました。彼自身も、今自分がいる状況に、非常に疲れを感じている様子でした。彼は、「個人的に、友人として助けたいという思いでイラクに来たのに、敵として扱われているということが分かった」と言ってました。全体的に、イラク人の事を非常に大きく誤解している部分もあると思います。
――実際、「逮捕された」という経験から、やっぱりアメリカという国が嫌いになった、ということはありませんか?
カーシム: 個人的に誰かを憎んでいるということはありません。でも確かに、怒りはもちろんあります。それと同時に、彼らに対して「可哀相だな」「彼らも被害者なんだ」という気持ちもあります。米軍の人達も、このイラク戦争に《騙されている》んだと思います。
■講演行脚で話している事
今、カーシムさんが日本各地で行なっている講演のチラシには、こう書かれている。
「テロとの戦い」の最大拠点と名指しされた イラク西部アンバール州ラマディ
家屋は潰され 学校は占拠された 食料配給なし 医療配給なし
空が恐怖に染まって4年 増えていくのは民間人死者数とその遺族
そして 報復を誓う抵抗勢力
なぜ ラマディは「テロとの戦い」の最大拠点となったのか?
なぜ 彼は米軍に拘束されたのか?
世界中のメディアが近づけない戦闘地域ラマディから
1人の青年が自分の体験を語るために来日した
――実際、講演では、どんな話を?
高遠: 最初は、ラマディの人々がどういう風に生活をしているか、一般的な状況を説明します。町の周りが米軍基地に囲まれているので、Googleマップを使って、住宅街が具体的にかなり細かく見えるようにした状態で、「ここに狙撃兵のポイントがあって…」など、町の様子を本当に詳しく説明します。
それから、カーシム自身の体験や、拘束された15歳の甥っ子の事、検問所で病院に行かせてもらえずに亡くなってしまったお兄さんの話をします。
最後は、そういった状況でも、彼が再建プロジェクトに賭ける思いというものを語っています。そして、実際に行なっている活動を写真で紹介します。
これは メッセージ 280739 (cambodian_lotus さん)への返信です.
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