高遠菜穂子のイラク報告
投稿者: cambodian_lotus 投稿日時: 2007/04/18 19:45 投稿番号: [280739 / 280993]
高遠菜穂子のイラク報告(18)
カーシム覚悟の来日、スタジオ出演!
放送日:2007/4/ 7
今回は、高遠菜穂子さん(眼のツケドコロ・市民記者番号?1)のイラク報告の中によく登場する、現地スタッフの要であるカーシムさん(眼のツケドコロ・市民記者番号?46)本人をスタジオに迎えて、高遠さんと共にお話を伺う。
カーシムさんは、先月23日に初めて来日し、現在、全国各地を高遠さんと一緒に回りながら、イラクの現状を伝えている。
■伝え続けるカーシムに、受難も続く
――この機会に、改めて高遠さんから、カーシムさんを紹介して頂けますか?
高遠: はい。彼―――カーシム・トゥルキ(30歳)は、 イラク西部アンバール州の州都ラマディの出身です。アンバール大学の機械工学部を卒業しました。2003年のイラク戦争の時には、イラク軍(共和国防衛隊)に所属していました。イラクは徴兵制度がありますので、男性は皆、兵役を経験します。
バグダッド陥落直後の同年4月28日に、ファルージャで、「イラクを占領するな」「学校を占拠するな」という、(武器を使わない)平和的なデモを行なっていた住民達に対して、米兵が銃を乱射するという事件が起こったんです。似たような事件は、彼の町ラマディでも起こっていました。彼はそれらの事件を、バグダッドにいる海外メディアの人達に伝えに来たんです。その事がきっかけで、彼はいろんな海外メディアの人達と知り合うことが出来ました。
そんな中でカーシムさんは、支援活動で現地入りしていた高遠さんとも出会い、『リビルド・ユース・オーガニゼーション』(再建をする若者組織)を創設した。これまでに、学校などの修繕工事、診療所開設、避難民への緊急支援などを実践し、2004年からは、高遠さん達の「ファルージャ再建プロジェクト」と協同して、現場の指揮を取っている。
――前回の報告では、イラク人スタッフとの定期的なミーティングが遂にヨルダンでも出来なくなり、入国許可の出るマレーシアで集合することにしたけれども、それも会えるかどうか分からないとおっしゃっていましたが…?
高遠: おかげさまで、実際は、2月中にマレーシアで会うことは出来ました。
――今回、日本に来る手続きも、かなり骨が折れたのでは?
カーシム: 日本のビザの問題、その他いろいろ問題があって、イラクを出て来ることも凄く大変でした。
――こうして日本にいる間も、イラク現地の状況は、メールなどで入っていますか?
カーシム: 僕が来日してから数日後に、身内からEメールを貰ったんです。(それによると)僕の従弟(16歳)が、3月27日にイラク軍に連れ去られ、その2日後に、彼の遺体がラマディの路上のゴミ捨て場みたいな所で、発見されたんです。拷問の痕が凄く残っていて、遺体の一部は犬に食べられていたということでした。首都バグダッドでは、“死の部隊”と呼ばれる勢力によって、こういうことが非常に頻繁に起きています。
■専門知識が疑われ、ブログが敵視され
カーシム: 僕自身も、去年の9月27日の深夜2時に、米軍の海兵隊に突然逮捕されました。米軍の刑務所に14日間収監され、尋問を毎日受けました。尋問の内容は、僕がテロリストや武装勢力に関わっているのではないか、ということでした。エンジニアであるということも、逮捕された理由の1つでした。例えば医者だったら、武装勢力の負傷者の手当てをしているのではないか、知識面で協力しているのではないか、と疑われます。そういった意味で、エンジニアも専門知識で武装勢力に協力しているのではないかと、米軍から疑われやすいんです。
――エンジニアとして、武器を作ってしまうとか、そういうことですか?
カーシム: 例えばエンジニアの中でも、建築技師とか、そういった人達というのは、GPS(全地球測位システム)を作れたり、地図や爆弾を作れたり、いろんな活躍が出来るということで疑われます。いろんな種類の専門的職業の人が、“こじ付け”の理由で疑われてしまうんです。でも、逮捕の1番大きな理由は、僕がインターネット上のブログで、ラマディで起きている事を英語でかなり詳しく書いていたということでした。
――それだけ、カーシムさんのブログを、米軍も見ていたということですね。
カーシム: はい。収監されている時に分かったんですが、米軍は僕のブログを非常に注意深くチェックしていたんです。(ブログを)印刷した紙も持って来ていました。その紙には、重要だと思われる部分に下線が引かれていました。その下線部分に関する質問を、沢山受けました。
カーシム覚悟の来日、スタジオ出演!
放送日:2007/4/ 7
今回は、高遠菜穂子さん(眼のツケドコロ・市民記者番号?1)のイラク報告の中によく登場する、現地スタッフの要であるカーシムさん(眼のツケドコロ・市民記者番号?46)本人をスタジオに迎えて、高遠さんと共にお話を伺う。
カーシムさんは、先月23日に初めて来日し、現在、全国各地を高遠さんと一緒に回りながら、イラクの現状を伝えている。
■伝え続けるカーシムに、受難も続く
――この機会に、改めて高遠さんから、カーシムさんを紹介して頂けますか?
高遠: はい。彼―――カーシム・トゥルキ(30歳)は、 イラク西部アンバール州の州都ラマディの出身です。アンバール大学の機械工学部を卒業しました。2003年のイラク戦争の時には、イラク軍(共和国防衛隊)に所属していました。イラクは徴兵制度がありますので、男性は皆、兵役を経験します。
バグダッド陥落直後の同年4月28日に、ファルージャで、「イラクを占領するな」「学校を占拠するな」という、(武器を使わない)平和的なデモを行なっていた住民達に対して、米兵が銃を乱射するという事件が起こったんです。似たような事件は、彼の町ラマディでも起こっていました。彼はそれらの事件を、バグダッドにいる海外メディアの人達に伝えに来たんです。その事がきっかけで、彼はいろんな海外メディアの人達と知り合うことが出来ました。
そんな中でカーシムさんは、支援活動で現地入りしていた高遠さんとも出会い、『リビルド・ユース・オーガニゼーション』(再建をする若者組織)を創設した。これまでに、学校などの修繕工事、診療所開設、避難民への緊急支援などを実践し、2004年からは、高遠さん達の「ファルージャ再建プロジェクト」と協同して、現場の指揮を取っている。
――前回の報告では、イラク人スタッフとの定期的なミーティングが遂にヨルダンでも出来なくなり、入国許可の出るマレーシアで集合することにしたけれども、それも会えるかどうか分からないとおっしゃっていましたが…?
高遠: おかげさまで、実際は、2月中にマレーシアで会うことは出来ました。
――今回、日本に来る手続きも、かなり骨が折れたのでは?
カーシム: 日本のビザの問題、その他いろいろ問題があって、イラクを出て来ることも凄く大変でした。
――こうして日本にいる間も、イラク現地の状況は、メールなどで入っていますか?
カーシム: 僕が来日してから数日後に、身内からEメールを貰ったんです。(それによると)僕の従弟(16歳)が、3月27日にイラク軍に連れ去られ、その2日後に、彼の遺体がラマディの路上のゴミ捨て場みたいな所で、発見されたんです。拷問の痕が凄く残っていて、遺体の一部は犬に食べられていたということでした。首都バグダッドでは、“死の部隊”と呼ばれる勢力によって、こういうことが非常に頻繁に起きています。
■専門知識が疑われ、ブログが敵視され
カーシム: 僕自身も、去年の9月27日の深夜2時に、米軍の海兵隊に突然逮捕されました。米軍の刑務所に14日間収監され、尋問を毎日受けました。尋問の内容は、僕がテロリストや武装勢力に関わっているのではないか、ということでした。エンジニアであるということも、逮捕された理由の1つでした。例えば医者だったら、武装勢力の負傷者の手当てをしているのではないか、知識面で協力しているのではないか、と疑われます。そういった意味で、エンジニアも専門知識で武装勢力に協力しているのではないかと、米軍から疑われやすいんです。
――エンジニアとして、武器を作ってしまうとか、そういうことですか?
カーシム: 例えばエンジニアの中でも、建築技師とか、そういった人達というのは、GPS(全地球測位システム)を作れたり、地図や爆弾を作れたり、いろんな活躍が出来るということで疑われます。いろんな種類の専門的職業の人が、“こじ付け”の理由で疑われてしまうんです。でも、逮捕の1番大きな理由は、僕がインターネット上のブログで、ラマディで起きている事を英語でかなり詳しく書いていたということでした。
――それだけ、カーシムさんのブログを、米軍も見ていたということですね。
カーシム: はい。収監されている時に分かったんですが、米軍は僕のブログを非常に注意深くチェックしていたんです。(ブログを)印刷した紙も持って来ていました。その紙には、重要だと思われる部分に下線が引かれていました。その下線部分に関する質問を、沢山受けました。
これは メッセージ 280738 (take_the_rag_away さん)への返信です.
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