>Re:>Re:今井君の次の本は
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/04/28 23:09 投稿番号: [280539 / 280993]
dochitebouya_usaさんへのレスの続きです。
(ってか、独り言です。)
>ピースストーンウォークご存知ですか?
>Unknown Civilians Killed In Wars
>と言う石碑をひっパリながら歩く平和行進の運動です。
昨年夏、戦後60年のイベントとして、長崎〜広島ウォークが
行われたときのニュースを思い出しました。
このイベントには、9・11遺族会も関係してるみたいですね。
>Civilians を日本語に訳して英語のPCで印刷できるようにしてくれないか」と頼まれたことがありました。
:
>なぜ人の死を分けるのですか『人々』にしないのですか?」
「Unknown Civilians Killed In Wars」は、911以前からの定型句で、
簡単には変えられないんでしょうね。
何が元なのか、探したんですが、わかりませんでした。
一人では動かせない重い石を、国や宗教を超え、多くの人々と手を携えて動かす…
平和を願うアクションとしては、わかりやすくて、いいんじゃないでしょうか。
イメージとしての反戦・平和、そのためのイベントって、実は嫌いじゃない…
っていうか、結構好きです。
若い頃、ずいぶん参加しました。
戦争を憎み、平和を願う…それを、理屈ではなく感覚として体に
しみこませるのは、とても重要…
悪いのは、それに政治的主張をかぶせて、利用すること。
紙一重なんですけど、ね。
最近、長崎平和推進協会が、被爆体験講話の中で、政治的な発言を
するのを自粛するよう要請した、という報道がありました。
靖国・憲法・自衛隊派遣など、国論を二分する問題には、中立の立場で
なければならない…それに対し、激しく反撥する人も。
「被爆体験を語る」=「政治的なこと」である、と。
同意できません。
感覚的なことと、政治的判断は、全く別。
これは、強く意識しておかないと、ついつい、流されて。。。
そこを一緒にしちゃう人は、政治的な部分で意見が異なる人が、
みんな鬼に見えちゃうんでしょうね。
とても優しく真面目で礼儀正しい人なのに、酷い言葉で人を
罵ることが、平気でできてしまう…
zeerariceさん(ああ、懐かしい)とのやり取りでも、散々それを
書いたつもりでしたが、わかってもらえませんでしたね。
芸術家が、戦争への怒りから作りあげた作品には、素直に感動して
しまうものが多いですね。
そのアーチストが、政治的な発言をするのも自由。
でも、芸術としての素晴らしさとは、切り離して考えないと。
昨年の広島でのイベントで、復帰した元ちとせさんが、原爆ドームの前で、
「死んだ女の子」という曲を坂本龍一さんとジョイントで披露したのを
思い出します。
あの時は、被爆の様子をあまりにストレートに綴った歌詞に、ちょっと閉口。
ネット配信も見送ったんですが…期間限定で、もう聴けないとなると、残念で…
5月10日に発売になる、元ちとせさんのニューアルバム初回限定盤に
収録されるそうで、とても楽しみにしています。
ブログを見ると、すっかりグリーンピースの宣伝マンみたいになった坂本さん。
でも、音楽家としての評価とは、関係ない。。。
やっぱり、大ファンです。
チェルノブイリから20年。
敬愛するサックス奏者、坂田明さんが、日本チェルノブイリ連帯基金の人と現地を訪れ、
そこでインスパイアされて製作したアルバム「ひまわり」が発売されました。
「このCDの収益金はチェルノブイリとイラクの子供達の医療支援につかわれます」
チェルノブイリへの支援は分かるけど、どうしてイラク?
ああ、JIM−NETがからんでた。。。
劣化ウラン弾攻撃に原発事故を結びつけるのには嫌悪感がありますが、
音楽の素晴らしさとは無関係。
払ったお金の一部が医療支援に使われるのも、結構なことです。
ボブ・ディランが、スペイン・バスク地方で分離独立を目指す武装組織が
恒久停戦を発表した事態を受け開催されるジャズ・フェスティバル
「平和の祭典」に出演する、とのこと。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060428-00000094-jij-ent
『ディランは「コンサートが政治イベントとして利用されないよう」
求めているという。』
ディランは、イメージとしての「平和」を歌ってきた詩人。
決して、活動家として自分が動くことはなかった…稀代の無責任男、と
言われたりもしましたが。
一番大事なことが、よくわかった人だと思っています。
あはは、かなりずれてしまった。。。このへんで。
(ってか、独り言です。)
>ピースストーンウォークご存知ですか?
>Unknown Civilians Killed In Wars
>と言う石碑をひっパリながら歩く平和行進の運動です。
昨年夏、戦後60年のイベントとして、長崎〜広島ウォークが
行われたときのニュースを思い出しました。
このイベントには、9・11遺族会も関係してるみたいですね。
>Civilians を日本語に訳して英語のPCで印刷できるようにしてくれないか」と頼まれたことがありました。
:
>なぜ人の死を分けるのですか『人々』にしないのですか?」
「Unknown Civilians Killed In Wars」は、911以前からの定型句で、
簡単には変えられないんでしょうね。
何が元なのか、探したんですが、わかりませんでした。
一人では動かせない重い石を、国や宗教を超え、多くの人々と手を携えて動かす…
平和を願うアクションとしては、わかりやすくて、いいんじゃないでしょうか。
イメージとしての反戦・平和、そのためのイベントって、実は嫌いじゃない…
っていうか、結構好きです。
若い頃、ずいぶん参加しました。
戦争を憎み、平和を願う…それを、理屈ではなく感覚として体に
しみこませるのは、とても重要…
悪いのは、それに政治的主張をかぶせて、利用すること。
紙一重なんですけど、ね。
最近、長崎平和推進協会が、被爆体験講話の中で、政治的な発言を
するのを自粛するよう要請した、という報道がありました。
靖国・憲法・自衛隊派遣など、国論を二分する問題には、中立の立場で
なければならない…それに対し、激しく反撥する人も。
「被爆体験を語る」=「政治的なこと」である、と。
同意できません。
感覚的なことと、政治的判断は、全く別。
これは、強く意識しておかないと、ついつい、流されて。。。
そこを一緒にしちゃう人は、政治的な部分で意見が異なる人が、
みんな鬼に見えちゃうんでしょうね。
とても優しく真面目で礼儀正しい人なのに、酷い言葉で人を
罵ることが、平気でできてしまう…
zeerariceさん(ああ、懐かしい)とのやり取りでも、散々それを
書いたつもりでしたが、わかってもらえませんでしたね。
芸術家が、戦争への怒りから作りあげた作品には、素直に感動して
しまうものが多いですね。
そのアーチストが、政治的な発言をするのも自由。
でも、芸術としての素晴らしさとは、切り離して考えないと。
昨年の広島でのイベントで、復帰した元ちとせさんが、原爆ドームの前で、
「死んだ女の子」という曲を坂本龍一さんとジョイントで披露したのを
思い出します。
あの時は、被爆の様子をあまりにストレートに綴った歌詞に、ちょっと閉口。
ネット配信も見送ったんですが…期間限定で、もう聴けないとなると、残念で…
5月10日に発売になる、元ちとせさんのニューアルバム初回限定盤に
収録されるそうで、とても楽しみにしています。
ブログを見ると、すっかりグリーンピースの宣伝マンみたいになった坂本さん。
でも、音楽家としての評価とは、関係ない。。。
やっぱり、大ファンです。
チェルノブイリから20年。
敬愛するサックス奏者、坂田明さんが、日本チェルノブイリ連帯基金の人と現地を訪れ、
そこでインスパイアされて製作したアルバム「ひまわり」が発売されました。
「このCDの収益金はチェルノブイリとイラクの子供達の医療支援につかわれます」
チェルノブイリへの支援は分かるけど、どうしてイラク?
ああ、JIM−NETがからんでた。。。
劣化ウラン弾攻撃に原発事故を結びつけるのには嫌悪感がありますが、
音楽の素晴らしさとは無関係。
払ったお金の一部が医療支援に使われるのも、結構なことです。
ボブ・ディランが、スペイン・バスク地方で分離独立を目指す武装組織が
恒久停戦を発表した事態を受け開催されるジャズ・フェスティバル
「平和の祭典」に出演する、とのこと。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060428-00000094-jij-ent
『ディランは「コンサートが政治イベントとして利用されないよう」
求めているという。』
ディランは、イメージとしての「平和」を歌ってきた詩人。
決して、活動家として自分が動くことはなかった…稀代の無責任男、と
言われたりもしましたが。
一番大事なことが、よくわかった人だと思っています。
あはは、かなりずれてしまった。。。このへんで。
これは メッセージ 280535 (dochitebouya_usa さん)への返信です.
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