He wasn't a saint
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2006/03/22 04:34 投稿番号: [280501 / 280993]
10日ほど前のニュース。
昨年11月にイラクで拉致された「クリスチャン・ピースメーカー・
チームズ(CPT)」メンバー4人(米1・英1・カナダ2)のうち、
米国人トム・フォックス氏の遺体がバグダッドで発見された。
頭と胸に銃撃。
切創や電流による火傷など、拷問を受けた痕跡も。
日本の多くの団体は、いつもながら、反米闘争のマイナスに
なるような、こういうニュースは取り上げない。
解放への署名を呼びかけていたサイトでも記述が無かった。
どうやらアメリカでも同じらしい。
【American liberals oddly silent as terrorists target 'their people'】
http://www.naplesnews.com/news/2006/mar/20/
まだ3人が拘束されている状況下、CPTのHPに掲載された
ステートメントに、殺害者を非難する言葉はない。
http://www.cpt.org/memorial/tomfox/
アラビア語にも翻訳され、宗教的立場から非暴力での平和を訴える。
ここ↓での紹介に、胸をうたれた。
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-89a55a14cbcbbc5d75cdfdd85d825d5e.h tml
CPTメンバーの追悼文から;
『トムが殴打され拷問された証拠があるという。苦痛の中にあって、
彼は、キリストのように、自分をそんな目に遭わせている人々への許しを
と叫んだだろうか。トムを殺した人々は、トムを非人間化していたに
違いない。「アメリカ人」だとか「人質」だとかいうふうに。けれども
トムは、そういう人たちのことを大切な神の子として尊んでいた。・・』
この寛容さ…これが、神を信じるということだろうか。
自分のような邪悪な人間には、正直、とても理解できない。
【Friends recall Tom Fox】という記事には、
"I must say I'd be a little squeamish in thinking I had to
accept the torture(拷問)."
としながらも、
"If anything needs to come out of this meeting
(it) is that we need to dedicate ourselves to helping
young people," he said. "That's what Tom would want."
http://www.fredericknewspost.com/sections/news/display.htm?storyid=47485
今、拘束中の3人も、同じ思いでいられるだろうか。
拷問・殺害の現場を見ていたとしても?
次は自分かもしれない、という状況の中でも?
この信念が伝わったら、本当にすばらしいと思う。
でも、異教徒を全て敵視する相手に、それを期待するのは
虚しく感じる。
一方、こうした宗教上の信条を、基盤が異なる他者が
米国批判に利用しているような文章には、激しい嫌悪感を覚えた。
拷問・殺害を責めず、「本望であった」かのような論調…
たとえそうだとしても、他人から言えることだろうか。
今日、目にしたフォックス氏追悼の記事;
【Quakers remember man killed in Iraq】
http://www.centredaily.com/mld/centredaily/14147463.htm
最後の言葉には、「喜んで殺されたわけではない」という
無念さがこめられているようにも思えた…
"He wasn't a saint," she said. "He was just a wonderful, ordinary person."
イラク戦争開戦から3年…ここ数日、各地で集会が開かれた。
実質的な影響をあまり期待できなくとも、アメリカを非難する
声を上げるのは大切…全然無かったら、この世は闇。
でも、それと一緒に、目的が何であれ、ひとかけらの正当性も
認められない行為には、はっきりノーとアピールしてくれたら。。。
都合の悪いことに目をつむるのではなく…
味方からの批判なら、それは実効力を持ち得るかもしれない。
数日前には、残り3人の映像がテレビで放映されたらしい。
人質を一人ずつ…そんなことが、本当に起きないよう
ただ願うしかできない。。。
昨年11月にイラクで拉致された「クリスチャン・ピースメーカー・
チームズ(CPT)」メンバー4人(米1・英1・カナダ2)のうち、
米国人トム・フォックス氏の遺体がバグダッドで発見された。
頭と胸に銃撃。
切創や電流による火傷など、拷問を受けた痕跡も。
日本の多くの団体は、いつもながら、反米闘争のマイナスに
なるような、こういうニュースは取り上げない。
解放への署名を呼びかけていたサイトでも記述が無かった。
どうやらアメリカでも同じらしい。
【American liberals oddly silent as terrorists target 'their people'】
http://www.naplesnews.com/news/2006/mar/20/
まだ3人が拘束されている状況下、CPTのHPに掲載された
ステートメントに、殺害者を非難する言葉はない。
http://www.cpt.org/memorial/tomfox/
アラビア語にも翻訳され、宗教的立場から非暴力での平和を訴える。
ここ↓での紹介に、胸をうたれた。
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-89a55a14cbcbbc5d75cdfdd85d825d5e.h tml
CPTメンバーの追悼文から;
『トムが殴打され拷問された証拠があるという。苦痛の中にあって、
彼は、キリストのように、自分をそんな目に遭わせている人々への許しを
と叫んだだろうか。トムを殺した人々は、トムを非人間化していたに
違いない。「アメリカ人」だとか「人質」だとかいうふうに。けれども
トムは、そういう人たちのことを大切な神の子として尊んでいた。・・』
この寛容さ…これが、神を信じるということだろうか。
自分のような邪悪な人間には、正直、とても理解できない。
【Friends recall Tom Fox】という記事には、
"I must say I'd be a little squeamish in thinking I had to
accept the torture(拷問)."
としながらも、
"If anything needs to come out of this meeting
(it) is that we need to dedicate ourselves to helping
young people," he said. "That's what Tom would want."
http://www.fredericknewspost.com/sections/news/display.htm?storyid=47485
今、拘束中の3人も、同じ思いでいられるだろうか。
拷問・殺害の現場を見ていたとしても?
次は自分かもしれない、という状況の中でも?
この信念が伝わったら、本当にすばらしいと思う。
でも、異教徒を全て敵視する相手に、それを期待するのは
虚しく感じる。
一方、こうした宗教上の信条を、基盤が異なる他者が
米国批判に利用しているような文章には、激しい嫌悪感を覚えた。
拷問・殺害を責めず、「本望であった」かのような論調…
たとえそうだとしても、他人から言えることだろうか。
今日、目にしたフォックス氏追悼の記事;
【Quakers remember man killed in Iraq】
http://www.centredaily.com/mld/centredaily/14147463.htm
最後の言葉には、「喜んで殺されたわけではない」という
無念さがこめられているようにも思えた…
"He wasn't a saint," she said. "He was just a wonderful, ordinary person."
イラク戦争開戦から3年…ここ数日、各地で集会が開かれた。
実質的な影響をあまり期待できなくとも、アメリカを非難する
声を上げるのは大切…全然無かったら、この世は闇。
でも、それと一緒に、目的が何であれ、ひとかけらの正当性も
認められない行為には、はっきりノーとアピールしてくれたら。。。
都合の悪いことに目をつむるのではなく…
味方からの批判なら、それは実効力を持ち得るかもしれない。
数日前には、残り3人の映像がテレビで放映されたらしい。
人質を一人ずつ…そんなことが、本当に起きないよう
ただ願うしかできない。。。
これは メッセージ 280189 (take_the_rag_away さん)への返信です.
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