>襲撃映像を見て思うこと
投稿者: xd82mssngr 投稿日時: 2005/05/31 07:26 投稿番号: [278086 / 280993]
まず一読して思ったのは、「唯物論」を連想させるなー、です。
どんな死も等しく残念だったり悲しかったりする。(極悪非道の犯罪者であっても少なくともその家族にとってはそう)
残忍な殺し方をされた人が、その瞬間どうだったか、映像を見たらきっと普通の人なら「無念だったろうな」「痛かったろうな」「苦しんだかな」「いや即死だから却って苦しまなかったかな」などと、“生きている側”から想像します。
その時に生じる“情①”と、家族の気持ちに思いを馳せ、その人の死の意味を考える時に生じる“情②”は、別物のようですが、情①から②に進む可能性は大いにある。
そこから人間とは何か、なぜ死ななければならなかったのか、という風に、背景や因果関係を読み解く事は、無駄な作業だとは思えないんです。私は、個人的に情①によって、情②に影響を受けない自信がなかったから、映像を見ませんでした。
冷めた意識=理性である場合はいいのですが、731部隊で、被験者(いわゆる丸太)の処理を命じられた一研究者が「あれは戦争だったが、今は悔いている」と言い、良心のかけらを残した幹部が「もう話したくない」とインタビュアーに怒鳴るのに対し、戦後戦犯指定を逃れ米軍に協力したり、重要医療施設の責任者に“返り咲き”、「あれのおかげで血液の分野の研究は大いに進んだはずだ、俺は感謝されていい」と嘯くような連中もいる。彼ら“理性のかたまり”のような科学者に対し、人間としての冷たさ(自分は天才、だからクズみたいな連中を“動物”代わりに実験して何が悪い)を感じないでしょうか?
私はそこに、人間が持ちうる、許すべからざるもの、を感じるのです。
これは メッセージ 278063 (wanko1955 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afa4gffckdcbfm94bab_1/278086.html