イラクで日本人拘束

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投稿者: zutto_sobani_ite_ne 投稿日時: 2004/09/27 11:15 投稿番号: [240048 / 280993]
4.30今井、郡山帰国会見   イラクで何があったのか

●なぜ、イラクに行ったか

郡山   私は去年に引き続いて2回目のイラクだったんですけれども、今回の取材目的のひとつに、自衛隊の派兵によって日本人に対するイラク人たちの気持ちがどう変化したのかということを確認したかったのがひとつと、やはりジャーナリストとしてイラクの現状をこの目で確かめ、真実を日本に伝えるために今回、行きました。

今井   僕がイラクに行った理由は、劣化ウラン弾の被害がたくさんあると言うことを聞いておりましたので、それを自分自身の目で見て、それを日本の人々に伝えることを目的として行きました。それで、なぜこの時期に行かなければならなかったのか。高遠さんがストリートチルドレンを待たせていた、というのはあの高遠さんはずっとストリートチルドレンの支援活動をしていたんですけれども、肝炎の疑いのある子が路上で生活していたんですけれども、その子が菜穂子が来るまで動かないと言っていたことがありました。高遠さんは彼を待たせたくないということで早くイラクに行きたいと。また、現地のドライバー、5回ぐらいアンマンからバクダッドを経由した方なんですけれども、彼がですね、大丈夫だと言って来たことがありまして、で、あとホテルの方も大丈夫だと言っていたのでイラク行きを決断したと。もうひとつの理由としては、ファルージャ、確かに危険だという情報は伝わっておりました。但し、迂回すれば安全だということを確認していたので、だから僕らはイラクに行くことを決断しました。

●どのように拘束されたのか

今井   4月6日の午後10時にアンマンを出発します。で、拘束されたのは、次の日、7日の午前11時になります。拘束された場所は、ファルージャの手前のガソリンスタンドで捕まったんですけれども、僕らバクダッド街道ということでハイウェイを移動していたんですけれども、そこのファルージャの手前付近で米軍が進行しているのが見えたんです。数百人の兵士と戦闘車両が何台かいたので、この地点でもともと迂回しようとしてたんで、ここで立体交差を通って北の方に移動します。それから10分ぐらいすると、ガソリンスタンドがあって、で、このガソリンスタンドの一部で僕らはですね、矢印の通りに行ってA地点につきます。ここで車がすごく混んでいたので、まず、ここで止まりました。

  この時に少年が来て、ドライバーと何か話してました。何を話していたか高遠さんが聞いてみると、「何人かということを少年が聞いて、ドライバーは日本人だけど、何でそんな事を聞くのかと言ったら、その少年はすぐ走り去って行った(白い車が猛スピードで走り去る)ということがありました。で何でだろうということで4人とも不思議がっていたんですけれども、そのまま気にしないで高遠さんは隣にいた車に子どもたちが乗っていたので、その子たちと交流しに行きます。で、そうこうしている間に、A地点からB地点まで20メートルぐらいあるんですけれども、時間がたっってガソリンスタンドの給油地点まで向かいますので、B地点に行きます。その頃になると高遠さんは車の中に戻ってきて、隣の車が、子どもたちが僕らの方向を向いているのですごい手を振ったり、可愛いねとか言っているんですよ。

  その時に車のまん前に対戦車ロケット砲、RPGと呼ばれるものなんですけれども、それを持った兵士と横にカラシニコフ、自動小銃を持った兵士がやってきます。私たちはB地点で驚いたんですけれども、「車を移動しろ」と言われてまずはC地点に向かいます。ここからB地点からC地点までは40メートルぐらいはあると思うんですけれども。C地点には民兵が十数人いまして、群集も30〜40人ぐらいいました。総勢、50〜60人ぐらい。で、兵士たちは僕らを下ろして、荷物とか調べてるんですけれども、僕らにも声をかけているんですけれども、印象的だったのは、群集の中に「ヤバン   ムーゼン」と言っている。どういう意味かというと、アラビア語で日本人はよくないという意味なんです。死ねということだったんです。
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