4・30・04 記者会見
投稿者: zutto_sobani_ite_ne 投稿日時: 2004/09/27 11:13 投稿番号: [240047 / 280993]
「責任は自分の目で見たイラクの現実を伝えていくこと」
イラクから帰国後、静養していた今井紀明さん(18)と郡山総一郎さん(32)の記者会見が4月30日夕、東京・霞ヶ関の弁護士会館で行われた。
200人を超える報道陣。20数台のテレビカメラ。今井さんと郡山さんが現れるのをいまかいまかと待ち構える会場には、緊迫感が漂っていた。会見が始まる直前、2人の席を所狭しと取り囲むカメラマンに、弁護士が席からもう少し離れて欲しいと伝えたが、「我々が信用できないのですか」との声が上がり、取材陣は動こうとはしなかった。
弁護士と共に今井さんと郡山さんが姿を現すと、絶え間ないフラッシュが浴びせられた。一旦着席した2人は、堅い表情のまま立ち上がり、支援と協力について「ありがとうございました」と頭を下げた。「なぜ出かけたのか」「どこで捕まったのか」「拘束されているときはどんな状態だったのか」「ビデオはどのように撮影されたのか」事件の経緯について、今井さんと郡山さんは代わる代わる、落ち着いた声で、順序だてて説明を始めた。
冷静に事実説明を行っていた2人の声に力強さが加わったのは、「自己責任論」について述べたときだ。郡山さんは「僕らジャーナリストというのは、危険でも現場に立って伝えるということがあるのではないか。そういう信念を持って、リスクをしょって報道します。だから今あがっている自己責任論はちょっと僕らに、あてはまる言葉ではないと思います」とはっきりと言った。
今井さんは「自己責任というより、今回のことで自分にとっての責任の取り方というのは、今回の体験を日本の人々に伝えること。つまりイラク戦争の現実とかそういうことを伝えていきたい」と述べた。
また、今後のことについて、郡山さんは「拘束と言う形で、取材できなかったわけなんですけれども、今後も、この体験を生かして、これから先もずっと、イラクとは言わず、世界中を自分の目で見て、確かめて、日本のみなさまに伝えていこうとがんばっていきます」と決意を新たにした。
今井さんは「僕がやっていることは劣化ウランの問題で、そういうことを調べるためにイラクに行ったわけですから、これからも、その問題を伝えていくようなことをしたいと思います」と話した。
2人は、これらの言葉を述べるのに、何の躊躇もないようだった。世間で起きている一部のバッシングも承知の上、覚悟を決めてきた。そんな風に映った。
体調が万全ではないという理由から、質疑応答に入る前に退席しようとする今井さんに、「そんなにしゃべれるのなら、もっとしゃべればいいじゃないか」、会場の後方から、うなるような声が浴びせられた。
その後、一人で記者団の質問に応じていた郡山さんは、拘束中、日本でこれほどの騒ぎになっているとは思わなかった、と驚きを語った。解放後、テレビを見ることができるようになって、日本での様々な動きを知り、自分たちの信念が否定されたかのように思えることがあった、という。自信喪失という大きなショックを受けたのではないかと、いまだ人前に出られないほど憔悴しているとされる、高遠さんをおもんばかる場面もあった。
彼らの断固とした姿勢からは、自分たちの信念を伝えたい、という必死の叫びが聞こえてくるようだった。《会見詳細は次のページ》
イラクから帰国後、静養していた今井紀明さん(18)と郡山総一郎さん(32)の記者会見が4月30日夕、東京・霞ヶ関の弁護士会館で行われた。
200人を超える報道陣。20数台のテレビカメラ。今井さんと郡山さんが現れるのをいまかいまかと待ち構える会場には、緊迫感が漂っていた。会見が始まる直前、2人の席を所狭しと取り囲むカメラマンに、弁護士が席からもう少し離れて欲しいと伝えたが、「我々が信用できないのですか」との声が上がり、取材陣は動こうとはしなかった。
弁護士と共に今井さんと郡山さんが姿を現すと、絶え間ないフラッシュが浴びせられた。一旦着席した2人は、堅い表情のまま立ち上がり、支援と協力について「ありがとうございました」と頭を下げた。「なぜ出かけたのか」「どこで捕まったのか」「拘束されているときはどんな状態だったのか」「ビデオはどのように撮影されたのか」事件の経緯について、今井さんと郡山さんは代わる代わる、落ち着いた声で、順序だてて説明を始めた。
冷静に事実説明を行っていた2人の声に力強さが加わったのは、「自己責任論」について述べたときだ。郡山さんは「僕らジャーナリストというのは、危険でも現場に立って伝えるということがあるのではないか。そういう信念を持って、リスクをしょって報道します。だから今あがっている自己責任論はちょっと僕らに、あてはまる言葉ではないと思います」とはっきりと言った。
今井さんは「自己責任というより、今回のことで自分にとっての責任の取り方というのは、今回の体験を日本の人々に伝えること。つまりイラク戦争の現実とかそういうことを伝えていきたい」と述べた。
また、今後のことについて、郡山さんは「拘束と言う形で、取材できなかったわけなんですけれども、今後も、この体験を生かして、これから先もずっと、イラクとは言わず、世界中を自分の目で見て、確かめて、日本のみなさまに伝えていこうとがんばっていきます」と決意を新たにした。
今井さんは「僕がやっていることは劣化ウランの問題で、そういうことを調べるためにイラクに行ったわけですから、これからも、その問題を伝えていくようなことをしたいと思います」と話した。
2人は、これらの言葉を述べるのに、何の躊躇もないようだった。世間で起きている一部のバッシングも承知の上、覚悟を決めてきた。そんな風に映った。
体調が万全ではないという理由から、質疑応答に入る前に退席しようとする今井さんに、「そんなにしゃべれるのなら、もっとしゃべればいいじゃないか」、会場の後方から、うなるような声が浴びせられた。
その後、一人で記者団の質問に応じていた郡山さんは、拘束中、日本でこれほどの騒ぎになっているとは思わなかった、と驚きを語った。解放後、テレビを見ることができるようになって、日本での様々な動きを知り、自分たちの信念が否定されたかのように思えることがあった、という。自信喪失という大きなショックを受けたのではないかと、いまだ人前に出られないほど憔悴しているとされる、高遠さんをおもんばかる場面もあった。
彼らの断固とした姿勢からは、自分たちの信念を伝えたい、という必死の叫びが聞こえてくるようだった。《会見詳細は次のページ》
これは メッセージ 240046 (zutto_sobani_ite_ne さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afa4gffckdcbfm94bab_1/240047.html