「人質」5−5
投稿者: shippou_kohaku 投稿日時: 2004/09/26 12:31 投稿番号: [239914 / 280993]
またイラクへ行くそうだけど、イラクから何を伝えようと思っているの?と聞かれ、
「一番伝えたいことは、戦争の犠牲になるのは
単純に言うと普通の人なんだということ。そしてその理不尽さ。」
「政治家同士の意地の張り合いみたいなところから
政治家の頭の中の考えだけで戦争が始まってしまう。
日本の自衛隊派遣もそうだと思います」
「日本も戦争の片棒を担いでいるんだ、ということを伝えたい。
日本にも戦争への責任があるんだということ。
それはこれまでも訴えてきたことですが、【人質事件で】
イラクを報道する姿勢が僕の中で変化してしまいましたね。」としています。
「以前はとにかくイラクの現状をみたいと思って現地入りしていた」
「マスコミの報道では決して表に出てこない普通の人々や、
普通の生活をしていて犠牲になった人たちとか、
紛争地の現状をルポして提示するんだという意識」から、
「今度はそれにプラスして、日本の責任、
日本も決してこの状況と無関係ではない、むしろ片棒を担いでいる」
ということを考えなければいけないために、
どういう風に取材していけばいいのか、まだ纏まっていないそうです。
講演会でもそう言ってきたので、これからイラクへ行ったら
そういう提示をしていかなければならないが、
「どう提示すればいいのだろうと思っている」そうですが、
「これもやはり、現場に行ってみなければわからないこと」としています。
「以前は『自分だけの興味本位で戦場に行くんだ』と言いましたが、
今はそれに責任がくっついてしまったような感じ」で、
「決して気軽じゃないですね」としています。
「ムジャヒディンが怖いわけでもなく、イラクの今の状況が怖いわけでもなく、
自分に何ができるのかが全然見えていないから、今は少し不安を感じている」
そうです。
【普通あれだけのバッシングを受けたら
「もうイラクに行かない」となるのでは?と聞かれ】
「そういう選択肢は考えたこともないし、選ぼうと思ったこともない」
「イラクにもう一度行きたい一番の理由は、
今回のイラク体験を自分の中で納得していないことにある」
「まったく何も出来なかったという事が一番心に引っかかっているから、
次はもっときちんとやりたい」
「よく考えたり、講演を重ねていくうちに
『やばい。俺には責任がある』 と思い始め」
「今度は気楽じゃいられない。自分の撮りたいものだけ撮りたいなんて
言ってる場合じゃない」と思ったそうです。
「自分が置かれている今の状況から逃げたくない」
「どうせなら、出る杭でいたい。
これだけ叩かれて『やっぱりお前もへこんだ』となるのは絶対に嫌」だそうで、
ご家族には「自分を曲げられない。俺の意地みたいなものに
つき合わせてしまって本当に申し訳ない」と伝えたそうです。
「行くと決めたら行かないと、僕が僕じゃなくなる」
「(行かないと)自分が今までやってきたことを
自分で否定することになってしまう。これまでやってきた自分をがっかりさせたくない」
「何のキャリアもないし、積み重ねてきたものを守りたいというわけではなく、
精神論の話で、ハードかソフトかと言えばソフトの問題であって
それはちょっと譲れないものがある」
「でもそれで家族にはまた迷惑を掛けるのかもしれない。」
「一方的にバッシングを受けていた時より、かえってしんどいかもしれない」
「今度はそれにプラスして自分の事まで入ってきちゃいましたらから
自分ひとりならいざ知らず、家族やその他の人が加わるとややこしくなる。」
「その人たちの気持ちも考えて汲み取れる限り汲み取るべきなんでしょうが、
これまでの自分はそこまで考えたことがなかったから
今は自分のペースじゃなくなっているという感じ」だけど、
「でも、そうしていかなきゃいけないし、そうしようと思って
そういう方向へ持っていっているから、これまた途中で曲げるわけにも行かず」
「ここであきらめたら今の努力が水の泡になるし、非常に難しい状況」だそうです。
「一番伝えたいことは、戦争の犠牲になるのは
単純に言うと普通の人なんだということ。そしてその理不尽さ。」
「政治家同士の意地の張り合いみたいなところから
政治家の頭の中の考えだけで戦争が始まってしまう。
日本の自衛隊派遣もそうだと思います」
「日本も戦争の片棒を担いでいるんだ、ということを伝えたい。
日本にも戦争への責任があるんだということ。
それはこれまでも訴えてきたことですが、【人質事件で】
イラクを報道する姿勢が僕の中で変化してしまいましたね。」としています。
「以前はとにかくイラクの現状をみたいと思って現地入りしていた」
「マスコミの報道では決して表に出てこない普通の人々や、
普通の生活をしていて犠牲になった人たちとか、
紛争地の現状をルポして提示するんだという意識」から、
「今度はそれにプラスして、日本の責任、
日本も決してこの状況と無関係ではない、むしろ片棒を担いでいる」
ということを考えなければいけないために、
どういう風に取材していけばいいのか、まだ纏まっていないそうです。
講演会でもそう言ってきたので、これからイラクへ行ったら
そういう提示をしていかなければならないが、
「どう提示すればいいのだろうと思っている」そうですが、
「これもやはり、現場に行ってみなければわからないこと」としています。
「以前は『自分だけの興味本位で戦場に行くんだ』と言いましたが、
今はそれに責任がくっついてしまったような感じ」で、
「決して気軽じゃないですね」としています。
「ムジャヒディンが怖いわけでもなく、イラクの今の状況が怖いわけでもなく、
自分に何ができるのかが全然見えていないから、今は少し不安を感じている」
そうです。
【普通あれだけのバッシングを受けたら
「もうイラクに行かない」となるのでは?と聞かれ】
「そういう選択肢は考えたこともないし、選ぼうと思ったこともない」
「イラクにもう一度行きたい一番の理由は、
今回のイラク体験を自分の中で納得していないことにある」
「まったく何も出来なかったという事が一番心に引っかかっているから、
次はもっときちんとやりたい」
「よく考えたり、講演を重ねていくうちに
『やばい。俺には責任がある』 と思い始め」
「今度は気楽じゃいられない。自分の撮りたいものだけ撮りたいなんて
言ってる場合じゃない」と思ったそうです。
「自分が置かれている今の状況から逃げたくない」
「どうせなら、出る杭でいたい。
これだけ叩かれて『やっぱりお前もへこんだ』となるのは絶対に嫌」だそうで、
ご家族には「自分を曲げられない。俺の意地みたいなものに
つき合わせてしまって本当に申し訳ない」と伝えたそうです。
「行くと決めたら行かないと、僕が僕じゃなくなる」
「(行かないと)自分が今までやってきたことを
自分で否定することになってしまう。これまでやってきた自分をがっかりさせたくない」
「何のキャリアもないし、積み重ねてきたものを守りたいというわけではなく、
精神論の話で、ハードかソフトかと言えばソフトの問題であって
それはちょっと譲れないものがある」
「でもそれで家族にはまた迷惑を掛けるのかもしれない。」
「一方的にバッシングを受けていた時より、かえってしんどいかもしれない」
「今度はそれにプラスして自分の事まで入ってきちゃいましたらから
自分ひとりならいざ知らず、家族やその他の人が加わるとややこしくなる。」
「その人たちの気持ちも考えて汲み取れる限り汲み取るべきなんでしょうが、
これまでの自分はそこまで考えたことがなかったから
今は自分のペースじゃなくなっているという感じ」だけど、
「でも、そうしていかなきゃいけないし、そうしようと思って
そういう方向へ持っていっているから、これまた途中で曲げるわけにも行かず」
「ここであきらめたら今の努力が水の泡になるし、非常に難しい状況」だそうです。
これは メッセージ 239913 (shippou_kohaku さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afa4gffckdcbfm94bab_1/239914.html