「人質」5−6
投稿者: shippou_kohaku 投稿日時: 2004/09/26 12:57 投稿番号: [239915 / 280993]
【今回の人質事件についての率直な思いを聞かれて】
「正直言って、拘束されていた期間は人質というより
客人として扱われていた感覚が強かった」
「ガソリンスタンドで武装集団と出会わなければ、
それぞれ旅の目的を遂げていたはずだけど、
ちょっとしたタイミングのずれでこんな事態に巻き込まれてしまった」
「武装グループは日本人だということを確認して拘束したので
最初はスパイ容疑で拘束されたと思っていた」
「自衛隊撤退に絡めるための手ごろな外国人を探していたという話もあるので
出くわしたのがたまたま日本人だったので捕まったのかも入れない」
「(たくさん説明して)ようやくスパイ容疑が晴れたところを見ると、
誰でも良かったわけではなかったのかもしれない」
「例えばの話し、声明文を書いた上の連中がいるわけですから」
「(ビデオ撮影も)上層部からの指令があったのかもしれない」
「僕達を捕まえた連中自体はほとんど統率が取れていなかったし、
やることなすこと適当で行き当たりばったりだった」
「結局のところ、確かなことは僕にはわかりません」
「起こってしまった出来事はもう取り消せない。時間は元に戻らない。
けれど、むしろ僕は貴重な体験ができたと思っているんです。
この体験から学んだことや感じたことを
多くの人に伝え続けて生きたい、とにかく今はそう思っています」
と結んでいます。
あとがきに、吉岡氏の補足として書かれていることも抜粋いたします。
安田純平氏によると、
「日本政府は身代金を一切払っていないと外務省筋が明言した」そうです。
また、橋田さんたちの事件は文藝春秋9月後から真相が見える、として、
テロ実行犯は「日本人を殺す気はなく、CIAの車と勘違いした、
小川さんを助けようとして運ぶ途中で息絶えた」そうで、
「日本人に謝罪したい」ためにインタビューに答えたので
「イラク人の日本人への特別な気持ちがあることがここでも窺い知れる」
と書いています。
また、解放時同席したディアしについては、
「日本テレビのHPによると、7年ぶりの里帰りの際に拉致事件を知り
救出しようと手がかりを求めて政党や宗教関係者に協力を仰いでまわった。
その結果、クベイシ師から人質解放の現場に同行する事を許され
解放時の映像は独占スクープとなり日本テレビから会長賞を贈られている」
「本人に開放時のいきさつを聞く機会があった。
郡山氏が受けた自分への印象には違和感があるが、本人と話したいと思っている。
そのため、まだ自分の思いは書かないで欲しいという事なのでここでは触れない。
ただ、彼の話には説得力があり、うなずける部分もあった。」
として、文化の違いや事件の異常性が二人の間に誤解を生じたような気がするそうです。
「いずれにしても、報道する側にも、される側にも
それぞれ言い分があり、見え方がある。
事実はなかなか見えにくい。だからこそメディアリテラシーという
もうひとつの観点が必要」であって、
「視聴者は大マスコミの報道を鵜呑みにする。
それが日本人をひとつの方向へと走らせてしまう。
今回の事件でそれをまざまざと見せ付けられた。」
「民主主義が入ってきても日本人の集団主義という意識は変わっていない。
それはメディアへの国民の対峙の仕方が変わらなければ脱却できない。」
と書いており、今回の事件でも、
彼らが個人で行動していたから国民は冷ややかだったが、
もしも「組織の被害者」敵存在だったら
もっと同情を集めただろう、としています。
以上で、「人質」の要約を終了いたします。
誤字・脱字、また読みにくいかと思いますが、何卒ご勘弁ください。
つたない要約で申し訳ありませんでした。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
「正直言って、拘束されていた期間は人質というより
客人として扱われていた感覚が強かった」
「ガソリンスタンドで武装集団と出会わなければ、
それぞれ旅の目的を遂げていたはずだけど、
ちょっとしたタイミングのずれでこんな事態に巻き込まれてしまった」
「武装グループは日本人だということを確認して拘束したので
最初はスパイ容疑で拘束されたと思っていた」
「自衛隊撤退に絡めるための手ごろな外国人を探していたという話もあるので
出くわしたのがたまたま日本人だったので捕まったのかも入れない」
「(たくさん説明して)ようやくスパイ容疑が晴れたところを見ると、
誰でも良かったわけではなかったのかもしれない」
「例えばの話し、声明文を書いた上の連中がいるわけですから」
「(ビデオ撮影も)上層部からの指令があったのかもしれない」
「僕達を捕まえた連中自体はほとんど統率が取れていなかったし、
やることなすこと適当で行き当たりばったりだった」
「結局のところ、確かなことは僕にはわかりません」
「起こってしまった出来事はもう取り消せない。時間は元に戻らない。
けれど、むしろ僕は貴重な体験ができたと思っているんです。
この体験から学んだことや感じたことを
多くの人に伝え続けて生きたい、とにかく今はそう思っています」
と結んでいます。
あとがきに、吉岡氏の補足として書かれていることも抜粋いたします。
安田純平氏によると、
「日本政府は身代金を一切払っていないと外務省筋が明言した」そうです。
また、橋田さんたちの事件は文藝春秋9月後から真相が見える、として、
テロ実行犯は「日本人を殺す気はなく、CIAの車と勘違いした、
小川さんを助けようとして運ぶ途中で息絶えた」そうで、
「日本人に謝罪したい」ためにインタビューに答えたので
「イラク人の日本人への特別な気持ちがあることがここでも窺い知れる」
と書いています。
また、解放時同席したディアしについては、
「日本テレビのHPによると、7年ぶりの里帰りの際に拉致事件を知り
救出しようと手がかりを求めて政党や宗教関係者に協力を仰いでまわった。
その結果、クベイシ師から人質解放の現場に同行する事を許され
解放時の映像は独占スクープとなり日本テレビから会長賞を贈られている」
「本人に開放時のいきさつを聞く機会があった。
郡山氏が受けた自分への印象には違和感があるが、本人と話したいと思っている。
そのため、まだ自分の思いは書かないで欲しいという事なのでここでは触れない。
ただ、彼の話には説得力があり、うなずける部分もあった。」
として、文化の違いや事件の異常性が二人の間に誤解を生じたような気がするそうです。
「いずれにしても、報道する側にも、される側にも
それぞれ言い分があり、見え方がある。
事実はなかなか見えにくい。だからこそメディアリテラシーという
もうひとつの観点が必要」であって、
「視聴者は大マスコミの報道を鵜呑みにする。
それが日本人をひとつの方向へと走らせてしまう。
今回の事件でそれをまざまざと見せ付けられた。」
「民主主義が入ってきても日本人の集団主義という意識は変わっていない。
それはメディアへの国民の対峙の仕方が変わらなければ脱却できない。」
と書いており、今回の事件でも、
彼らが個人で行動していたから国民は冷ややかだったが、
もしも「組織の被害者」敵存在だったら
もっと同情を集めただろう、としています。
以上で、「人質」の要約を終了いたします。
誤字・脱字、また読みにくいかと思いますが、何卒ご勘弁ください。
つたない要約で申し訳ありませんでした。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
これは メッセージ 239914 (shippou_kohaku さん)への返信です.
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