イラクで日本人拘束

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「人質」4−2

投稿者: shippou_kohaku 投稿日時: 2004/09/23 16:57 投稿番号: [239653 / 280993]
別れた子どものために2年ほど貯金をしていたけれど、
「このままずっと引きずっていくのか?そんなのつまらないよ」
「もう1回、何かできる。これからは自分のために人生を楽しもう」
と思って、オートバイを買ってツーリングやレースを楽しんだそうです。

自衛隊を辞めた後は雪印で大型トラックの運転をしていましたが、
食中毒事件があってからは走行距離は同じなのに収入が落ち、
「漠然と退職しようと思った」そうで、
「そういえば昔、戦場写真が好きだったよな」と思い、
「とにかく戦争をやっている地域に行こう」と考え、
「今思うと笑ってしまうのですが、カメラを買って現場に立てば
写真なんてすぐに撮れるものだと思っていた」そうです。

よく調べてみると、現地へ行くまでが大変だと気づき、
バイクを売ってカメラを買い、色々なものを撮っていたそうです。
「カメラを始めて半年ぐらいしてから会社を辞め、
その5日後にはパレスチナにいた」そうで、
「パレスチナを選んだ理由は、テレビでインティファーダの番組をやっていた」
からだそうです。

パレスチナデQサママキさんと知り合い、彼に付いて行って
「初めて紛争地の現場写真を撮った」そうで、
「やっと撮れた」という気持ちでいっぱいだったそうです。

取材の現場については「現地に行ってから興味が湧くタイプ」と聞かれ
「そういう準備をほとんどしない」
「予備知識がない分あらゆることに興味を持って面白がることが出来る」
「今でも、どんな地域でも何の予備知識も持たずにいきます」と、
【白紙の状態で行くことを大事にしている】そうで、
【素人の視点からのアプローチ】をするタイプだったそうです。

無理だ、難しいと言われると逆に燃えるタイプということで、
イスラエルのイミグレーションで3時間ほど尋問を受けたことがトラウマとなり
外にも出られず、買い物にも出かけられないような状態だったのが
「ここで帰ったらまたバカにされる、このままでは終われない」と思って
エルサレムまで行ったら気が楽になって写真も撮れるようになった」そうです。
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