個の自由と公の利益のはざまで (3)
投稿者: pattsy_mint_1010t 投稿日時: 2004/06/13 01:34 投稿番号: [200557 / 280993]
個の自由とは、ある意味、個が幸せを求める為に起こす行動の選択権を持つということを積極的に認めるものと言えないだろうか。
しかしながら個の選択した行動が、公の利益とは不協和音を起こすことはよくあることである。
人はみな自身の幸せを求めながら、同時に社会の一員として、その人が属する社会の追求する利益とのバランスを欠いてはならないとする暗黙の掟の狭間にいる。
それが、個と社会との葛藤である。
自分が選ぶ行動に、公の利益との矛盾が生じる場合、その両者の間にどのような折り合いをつけるかは自分自身の判断に因るところである。
これらに起因して生じる責任を『自己責任』と呼んだのであろうか?
社会学用語に『 功 利 主 義 』という言葉がある。
その意味として、
「自分の利益の追求を、物事の中心におく考え方、実利主義」
と、
「19C前半、イギリスのベンサムに代表される社会・政治思想
『 最大多数 の 最大幸福 』の追求を社会規範とする」
というものなどがある。
同じ一つの言葉で全く正反対の意味を持つのは大変奇妙な話だが、今回の人質事件を検証する上で、この事件の特異性を表現しうる絶妙な言葉である・・・とも考えられないだろうか。
これは メッセージ 200528 (pattsy_mint_1010t さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afa4gffckdcbfm94bab_1/200557.html