個の自由と公の利益のはざまで (2)
投稿者: pattsy_mint_1010t 投稿日時: 2004/06/13 01:00 投稿番号: [200528 / 280993]
・・・果たしてこのおじいさんの死は、幸せな死に方だったと言えるであろうか?
おじいさんは、年の割に非常に元気な方で、また仕事をすることが生き甲斐だった。
しかしながら、家族は「世間体」を持ち出しておじいさんを説得し、おじいさんは家族の為に自分の生き甲斐を断念せざるを得なかった。
もし、おじいさんがあの庭仕事などを続けておられたら、あと何年も元気に生きていたかもしれない。また、何もしなくなってからより、一日中動き回っていた頃の方が、おじいさんは日々を生き生きと過ごされていたことだろう・・・
という感じでこの記事を書いた方は、ご家族の理解が得られなかったことを残念に思うと結ばれていた。
一見、何不自由なく暮らしているおじいさんが、最後は老衰で楽に死ねたのだから、これ以上何を求めるのかという意見もあるだろう。
ただ、一人一人が追い求める幸福の形態は様々であり、決して A さんが幸せに感ずることが、B さんも同じように感ずるとは限らないのである。
これは メッセージ 200496 (pattsy_mint_1010t さん)への返信です.
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