長崎小6事件を考える(4)
投稿者: weary100jp 投稿日時: 2004/06/13 00:42 投稿番号: [200497 / 280993]
(4)
女児に合致するかどうかは解りませんけれど、心理学で心の状態を器具を使って測定するのがありますよね。例えば輪投げの名手が被測定者の前で百発百中のデモをして見せた直後に被測定者にも輪投げをさせる、とか見た目には軟弱そうな色に塗ってはあるが実は鋼鉄製の頑丈なドアに対して、体力的にプライドの高いマッチョな被測定者を体当たりさせて壊すように指示するのとか・・・
両者はいずれも初期にはやる気満々だが”一本も入らない””びくともしない”事から回を重ねるにつれて血圧、脈拍は上がり呼吸は乱れてどうしても絶対に打ち破る事は出来ないと認識する直前頃には被測定者は平静を装いつつも頭には極度に血が上り怒りさえこみ上げてくる。その間被測定者は自らあれこれ方法を変え(逃げ道を探し)色々手段を考えるが、もはやこれまでと言う段階になると人によっては”もうどうにでもなれ”と荒れ狂うなど精神的な猪脱症状を呈した後についには精根尽き果てがっくりとうなだれてしゃがみ込んでしまう。(なんとなくこの辺のストーリー合ってませんかねぇ?)
もしこの実験の合い間に被測定者には分からない様に、前者では輪の直径を僅かに増してやるとか、距離を縮めるなどで数本位は入るようにする。後者は材質を変えて少し位は凹むようにすれば両者とも急激に心の緊張が解けて一気に平常心を取り戻すのでしょうが・・・
この場合このような実験結果がどうも一般的な事のようですね。だとすれば人間の心理状態とは周囲環境などによる絶対覆す事の出来ない様な心の壁が出来た時には極めて簡単に制御不能に陥ると言うことなんでしょうかねぇ。今よりももっと人権無視の昔には根性で我慢を続けさせそんな事は大勢で圧倒的にねじ伏せたのでしょうが、本当は人間なんて弱いものです自分のことを考えてもそう感じます。加えて農耕民族には村八は特に作用が急激なんでしょうかねぇ。
実はずっと以前に自分の飼っていた犬で実験しちゃったんですよ。気持ち良さそうに昼寝している犬にそーっと近寄って割り箸で首筋あたりの一番気持ち悪そうな所の毛の先を突っつく程ではない微かに触る程度に”むずむずっと”何度も繰返して延々とやったらどーなるかという実験を。犬は繋いでありますからねぇ、さぞかし大変でしょう。かわいがっていた犬でしたから最初は”ぴくっと”してからも愛嬌を示していたんですけれど二十分もした頃に、ついにがぶっと手をやられましたねぇ。出血する程ではなかったのですが・・・この瞬間の迫力は凄まじいものでした。犬と一緒にするのもなんですが従順な愛犬と言えどもねぇ・・・
運悪く事件が発生した場合、そりゃその時には全体にストレスが起こるでしょうねぇ、色々な人達の心が急に傷ついたり、PTSDやら、”登校不能やら”?、”恐れやら”?、大人には理解できない、首をかしげる、なんて言う人まででてきますからねぇ。どんな事柄にも必ず原因はある筈なんですけどねぇふしぎですねぇ。
そして、気の荒い女児、男児を蹴飛ばした、カッターの振りかざし、バトル・ロワイアル、残忍な小説、ホラーサイト、過激な書き込み、事件とそぐわない詩、・・・事後になったとたんに出て来る出て来る次から次へとありとあらゆる事柄が延々と・・・それにしても変ですねぇ。多すぎる。一体この限りない程のモチベーション、そして精神的、身体的エネルギーの消耗、通常の状態からの心理測定を想像しても、自分でしたら二度三度で疲弊して飽きてしまいそうな行動の数々はどこから湧いて出るものなのか?・・・
小学校低学年でも知能はかなり発達してるでしょうからどの行動が優位であるかの判断は平静時には十分できますよねぇ。
所で、例えばこの男児は本当に殆ど無抵抗な状態で蹴られたのか?何の刺激的言動も女児に与えていないのか?ひょっとして首筋などを繰り返し撫で回したりの類似の事は無かったのか?人間と言うものは無の状態でこれ程興奮し、怒り、過激に発言し、荒れ狂い続ける事が出来るのだろうか??? これほど女児が特殊な人なのか? ふしぎでならない。
長崎小6事件を考える(5)に続く
女児に合致するかどうかは解りませんけれど、心理学で心の状態を器具を使って測定するのがありますよね。例えば輪投げの名手が被測定者の前で百発百中のデモをして見せた直後に被測定者にも輪投げをさせる、とか見た目には軟弱そうな色に塗ってはあるが実は鋼鉄製の頑丈なドアに対して、体力的にプライドの高いマッチョな被測定者を体当たりさせて壊すように指示するのとか・・・
両者はいずれも初期にはやる気満々だが”一本も入らない””びくともしない”事から回を重ねるにつれて血圧、脈拍は上がり呼吸は乱れてどうしても絶対に打ち破る事は出来ないと認識する直前頃には被測定者は平静を装いつつも頭には極度に血が上り怒りさえこみ上げてくる。その間被測定者は自らあれこれ方法を変え(逃げ道を探し)色々手段を考えるが、もはやこれまでと言う段階になると人によっては”もうどうにでもなれ”と荒れ狂うなど精神的な猪脱症状を呈した後についには精根尽き果てがっくりとうなだれてしゃがみ込んでしまう。(なんとなくこの辺のストーリー合ってませんかねぇ?)
もしこの実験の合い間に被測定者には分からない様に、前者では輪の直径を僅かに増してやるとか、距離を縮めるなどで数本位は入るようにする。後者は材質を変えて少し位は凹むようにすれば両者とも急激に心の緊張が解けて一気に平常心を取り戻すのでしょうが・・・
この場合このような実験結果がどうも一般的な事のようですね。だとすれば人間の心理状態とは周囲環境などによる絶対覆す事の出来ない様な心の壁が出来た時には極めて簡単に制御不能に陥ると言うことなんでしょうかねぇ。今よりももっと人権無視の昔には根性で我慢を続けさせそんな事は大勢で圧倒的にねじ伏せたのでしょうが、本当は人間なんて弱いものです自分のことを考えてもそう感じます。加えて農耕民族には村八は特に作用が急激なんでしょうかねぇ。
実はずっと以前に自分の飼っていた犬で実験しちゃったんですよ。気持ち良さそうに昼寝している犬にそーっと近寄って割り箸で首筋あたりの一番気持ち悪そうな所の毛の先を突っつく程ではない微かに触る程度に”むずむずっと”何度も繰返して延々とやったらどーなるかという実験を。犬は繋いでありますからねぇ、さぞかし大変でしょう。かわいがっていた犬でしたから最初は”ぴくっと”してからも愛嬌を示していたんですけれど二十分もした頃に、ついにがぶっと手をやられましたねぇ。出血する程ではなかったのですが・・・この瞬間の迫力は凄まじいものでした。犬と一緒にするのもなんですが従順な愛犬と言えどもねぇ・・・
運悪く事件が発生した場合、そりゃその時には全体にストレスが起こるでしょうねぇ、色々な人達の心が急に傷ついたり、PTSDやら、”登校不能やら”?、”恐れやら”?、大人には理解できない、首をかしげる、なんて言う人まででてきますからねぇ。どんな事柄にも必ず原因はある筈なんですけどねぇふしぎですねぇ。
そして、気の荒い女児、男児を蹴飛ばした、カッターの振りかざし、バトル・ロワイアル、残忍な小説、ホラーサイト、過激な書き込み、事件とそぐわない詩、・・・事後になったとたんに出て来る出て来る次から次へとありとあらゆる事柄が延々と・・・それにしても変ですねぇ。多すぎる。一体この限りない程のモチベーション、そして精神的、身体的エネルギーの消耗、通常の状態からの心理測定を想像しても、自分でしたら二度三度で疲弊して飽きてしまいそうな行動の数々はどこから湧いて出るものなのか?・・・
小学校低学年でも知能はかなり発達してるでしょうからどの行動が優位であるかの判断は平静時には十分できますよねぇ。
所で、例えばこの男児は本当に殆ど無抵抗な状態で蹴られたのか?何の刺激的言動も女児に与えていないのか?ひょっとして首筋などを繰り返し撫で回したりの類似の事は無かったのか?人間と言うものは無の状態でこれ程興奮し、怒り、過激に発言し、荒れ狂い続ける事が出来るのだろうか??? これほど女児が特殊な人なのか? ふしぎでならない。
長崎小6事件を考える(5)に続く
これは メッセージ 200488 (weary100jp さん)への返信です.
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