イラクで日本人拘束

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事件を振り返ってみた2

投稿者: lonlontimago 投稿日時: 2004/05/22 09:35 投稿番号: [184675 / 280993]
続きです。

物語としてお読みいただければ幸いです。

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2.拘束から解放へ
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いったいどれだけの人が拘束されたのだろうか?

拘束された人たちの運命は様々であった。

すぐに解放された人、すぐに殺害された人
拘束されて調べられ疑いなしと釈放された人
政治的取引、脅迫のための人質になった人
そのなかでも殺害された人、解放された人
そして未だに人質となっている人。

そのなかで日本人3人の拘束については特異的な部分が2つあった。

ひとつは声明文が非常に日本のことをよく知って書かれていたこと。
もうひとつは、異常な早さで国内の自衛隊反対運動が起こったこと。

政府にも情報がない状態で支援団体が拘束事件を公表。
さらにある家族からの政府への激しい対決姿勢が報道される。

然るべくして自作自演説が流れることとなった。

政府筋(外務省)からと出たと思われる未確認情報が某掲示板に流れ
自作自演説は瞬く間に世間に広まることとなる。

さらに悪質な誹謗中傷もとどまることをしらなかった。

これを受けて、家族は一転謝罪姿勢に。

しかし世論の怒りは納まらなかった。

行き場を失った怒りは被害者本人へと向かう。

事態がなかなか進展しないまま数日を過ぎようやく解放へ。

事態を把握していない被害者3人が解放?された場面が報道される。

しかし、このときはまだ聖職者協会の手の内であり

彼らからしてみれば、拘束した民兵→少し権力をもってそうな組織→→→→聖職者協会
でしかなかった。

これが解放時の映像として報道されることとなる。

その後、やっと日本大使館へ。彼らの本当の解放の時である。


以下、高藤さんの視点から見てみる。

やっと家族に電話をかけたとき、取材の最中だった。
「世界中に向けて何百回もあやまりなさい」の言葉。

次に待っていたものは、自作自演を疑う日本の警察であった。

家族から週刊誌を見せられ説明されて、ようやく事態を飲み込めた。

自分たちが日本でどのような受け止められ方をしていたのかを知った。

そして自分たちが写ったビデオも見た。

それが人々にどのように見えたのか。想像に難くなかった。

拘束時にあびせられた日本人への憎悪の言葉、
そして今度は日本人からも憎悪される。

行き場がなかった。ただただ、頭を下げる以外に何も出来なかった。

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(お詫び)

今井さん、郡山さんについては、うまく書けませんでした。
ごめんなさい。
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