イラクで日本人拘束

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事件を振り返ってみた

投稿者: lonlontimago 投稿日時: 2004/05/22 09:33 投稿番号: [184674 / 280993]
きっと、こんな感じかなと
想像力をたくましくして書いてみました。

物語としてお読みいただければ幸いです。
それと、書きかけなので、おいおいゆっくり書きたいと思います。

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1.拘束事件多発の背景など
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その事件は4月8日に起こった。

バグダッド陥落から1年を迎えようとしていた。

イラクの人々から見ると占領統治の始まりから一周年である。

当初イラクの多くの人々がフセインからの解放を喜んだ。

しかし、アメリカの占領政策はあまりに強行で、あまりに多くの犠牲を強いられた。
謀らずも反米強行派へのシンパシーを集めていった。
もともと自衛組織であった民兵の中にも強行論が次第に浸透していくことになる。

アメリカへの憎しみは同時に、石油に群がった諸外国への憎しみにもつながっていった。
特に、なんの恩恵も受けなかった地方ではこの傾向は強かっただろう。

さて、反米強行派は、無事にこの日を迎えさせたくはなかった。
アメリカの傀儡政権など作らせてならないという大義名分である。
なんらかの計画を練っていたはずである。

当然アメリカの情報機関はあらゆる人種の諜報員を使って情報収集を行っていた。

反米強行派は占領軍の諜報網に引っかかることを極度に恐れていた

民兵組織なども活用して、とにかく外国人を無差別に拘束。
もちろん、怪しげなイラク人も当然拘束していただろう。

また、拘束した人間が彼らにとって「使える」場合は、とことん使おうとした。

見せしめに殺してしまえ、いや関係ないやつは解放しろ
それより占領軍撤退の脅迫材料にしろ

そもそもきちんと組織だったグループではない。
感情に走ることも多かった。アルカイダも暗躍していただろう。

対応は様々だった。

そのような状況のなか3人は出かけていった。
かくして格好のターゲットになることになった。
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