言葉が「薄っぺらい」人達
投稿者: cardockjp 投稿日時: 2004/05/15 18:03 投稿番号: [178660 / 280993]
sayokutoki様、今日は。
>サヨクが愚劣なのは、その外国侵略などから日本国内の社会的弱者を守る自衛官を軽視する点にある。
私が考えるに、その「サヨク」を含めて「弱者の論理」を行使する人達が多い事が問題だと思います。(本当の弱者では在りません。寧ろ強者なのです。)
「弱者の論理」つまり、自分は弱者であり、無力である。
その為、全ての自分の不幸は外部からの要因で起こっている。
それらに対抗するには団結し、「数」と云う力を持たなければならない。
それらは「弱者」であるので、卑怯な事では無い。
そして自分と同じように、普通の人達はみんな弱い、と云う前提から自分の意見は「普通の意見」と主張します。
そして仮想敵を作ります。
その相手は企業、国家、世界等の実態が無い「概念」です。
つまり自分達以外の全てです。
そして「団結」します。
組織を作ります。
そこでは「隣人愛」が強調されますが、実際はその「不幸な対象」を自分より恵まれていないと思われる人達を上から眺めて哀れむ、所謂「同情」以上では在りません。
その彼等の云う「愛」が理解出来ない人達は彼等に云わせると「人でなし」です。
その中では「自立したい」等と意思表示する者は組織を乱す者として糾弾されます。
彼等が「同志」とするのは同じ様に「不幸」な者だけです。
「無力」なので「カンパ」を募ります。これは正当な事になります。
それどころか「無償の愛」として「美しい」事なのです。
「同和問題」、「環境問題」、色々在りますが今回は「イラクの自衛隊派遣」ですね。
そして「何故、この愛が判らないのか!」等と声高に訴えるのです。
「愛」、「恵まれない人達」、「美しい」それらの言葉を彼等が使うとき、異様に「薄っぺらい」と感じてしまうのは真実でないからです。
所詮、組織或いは仲間の為の「愛」しか無いのです。
又その様な言葉は感情に訴える物で、それでは人は「感動」出来ません。
人を共鳴させることは出来ません。
「感情」など、「魂」の表面に起こるさざ波でしか無いのです。
真実の言葉は「魂」を揺さぶります。それに説明は要らないのです。
そして自分の「責任」という言葉は彼らには理解出来ません。
全ての責任は「企業、国家」に在るのですから。
「弱者」の論理を施行する間は、永遠に「弱者」です。
それは「あれを買って呉れなきゃヤダー!」と泣き叫ぶダダッ子の論理です。
「本当の弱者」がどうだっていいのです。
自分達が美しければ。
>サヨクが愚劣なのは、その外国侵略などから日本国内の社会的弱者を守る自衛官を軽視する点にある。
私が考えるに、その「サヨク」を含めて「弱者の論理」を行使する人達が多い事が問題だと思います。(本当の弱者では在りません。寧ろ強者なのです。)
「弱者の論理」つまり、自分は弱者であり、無力である。
その為、全ての自分の不幸は外部からの要因で起こっている。
それらに対抗するには団結し、「数」と云う力を持たなければならない。
それらは「弱者」であるので、卑怯な事では無い。
そして自分と同じように、普通の人達はみんな弱い、と云う前提から自分の意見は「普通の意見」と主張します。
そして仮想敵を作ります。
その相手は企業、国家、世界等の実態が無い「概念」です。
つまり自分達以外の全てです。
そして「団結」します。
組織を作ります。
そこでは「隣人愛」が強調されますが、実際はその「不幸な対象」を自分より恵まれていないと思われる人達を上から眺めて哀れむ、所謂「同情」以上では在りません。
その彼等の云う「愛」が理解出来ない人達は彼等に云わせると「人でなし」です。
その中では「自立したい」等と意思表示する者は組織を乱す者として糾弾されます。
彼等が「同志」とするのは同じ様に「不幸」な者だけです。
「無力」なので「カンパ」を募ります。これは正当な事になります。
それどころか「無償の愛」として「美しい」事なのです。
「同和問題」、「環境問題」、色々在りますが今回は「イラクの自衛隊派遣」ですね。
そして「何故、この愛が判らないのか!」等と声高に訴えるのです。
「愛」、「恵まれない人達」、「美しい」それらの言葉を彼等が使うとき、異様に「薄っぺらい」と感じてしまうのは真実でないからです。
所詮、組織或いは仲間の為の「愛」しか無いのです。
又その様な言葉は感情に訴える物で、それでは人は「感動」出来ません。
人を共鳴させることは出来ません。
「感情」など、「魂」の表面に起こるさざ波でしか無いのです。
真実の言葉は「魂」を揺さぶります。それに説明は要らないのです。
そして自分の「責任」という言葉は彼らには理解出来ません。
全ての責任は「企業、国家」に在るのですから。
「弱者」の論理を施行する間は、永遠に「弱者」です。
それは「あれを買って呉れなきゃヤダー!」と泣き叫ぶダダッ子の論理です。
「本当の弱者」がどうだっていいのです。
自分達が美しければ。
これは メッセージ 178615 (sayokutoki さん)への返信です.
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