>>>>“自己責任”の押さえ所
投稿者: nipponnosentaku 投稿日時: 2004/05/12 23:26 投稿番号: [176167 / 280993]
先ず、法律上の解釈に傾き気味の視点からご覧になれば、違和感を持たれるのも当然であろうと思っています。
むしろ、そうした観点を拠り所にした「擁護」の論調に対し、それでは彼らや同様の志を持つ人達の今後にとってプラスには決してならないだろう、という意識を持った故、“押さえ所”の提示の試みをさせて頂いた次第です。
また、「自己責任」という言葉の意味については、“ズレ”ではなく、貴殿の捉え方では“狭い”、加えて言えば「それだけの認識では彼らが自分の命にも十分に配慮しながら所期の目的を果たすことは難しいであろう」と考えています。
>わざわざ「絶対に自力で帰る義務」と「絶対」を付けた。政府にも義務が生じた以上、片方だけの義務ではない、絶対しなければいけない事ではない、という意味で。
(貴殿はここでの義務を“帰る行為”に限定して使われているのでしょうか。今一つ論旨が読み取れません。)
日本政府の“救出努力”義務と彼らの“自力渡航完結”義務とは、(彼らに好意的に見て)彼らが解放されて身柄が政府の手に引き渡され、政府の手によって帰国するまでは並立しており、相殺関係にはないものと捉えています。
>危険地帯に行く民間人に100%の自己責任を求める事に繋がるからだ。
>自己(完結)責任という言葉で、民間人を縛るのはおかしいんじゃないか?
については、
>例え救助出来なくても、貴方達の責任だからね、というのが、本来の「自己責任」だと思う。
>一定の「モラル」がないと、自己決定権とか自己責任が単に法律に反しなければいいんでしょ的な、利己的なものになりそうで怖い。
と、ご自身で既に答えを出されています。
つまるところ、貴殿も私が意識するのと同様の意味での「自己責任」を求めておらるのではないでしょうか。
これは メッセージ 176079 (sabaku_55 さん)への返信です.
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