>身はたとひ
投稿者: rokuroo6 投稿日時: 2004/04/28 17:21 投稿番号: [144677 / 280993]
吉田松陰
抜粋
安政5年7月日米修好通商条約調印を建言、また討幕論を唱え、老中間部(まなべ)詮勝暗殺を画策。幕府の違勅調印という事態に直面して直接行動を計画したが失敗、12月藩命により下獄。その絶望の中ではじめて「草莽崛起」 論に到達し、変革の担い手は在野の志士であり、百姓一揆のエネルギーを無視できないことを自覚した。
翌6年6月藩命で江戸に送られ、安政の大獄により刑死。10月25日死を予知して遺書を書き始め、翌日の暮れにまでおよんだという。冒頭に
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」
の句を置き、全編を「留魂録」と命名。その翌日、斬首に処せられる。年30。
http://ddb.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/ishin/jinmei/Yoshida.html大和魂をもってイラクに行くんなら、俺は応援するぞ。
これは メッセージ 144657 (miecat123 さん)への返信です.
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