ご理解と誤解(?)と。
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2003/10/23 21:38 投稿番号: [253 / 428]
「中国に負けてない」というのは「中国が勝ったから何でも言うことを聞け」と言う方が居たからあえて日清戦争の例を出したのです。あのとき他国の干渉により大陸での権益に当時としては過剰な制限が強制されました。
「アジア独立云々」はあくまでも「大義」として掲げていたものです。実情は西欧諸国の脅威を逃れるには一国では不可能、手を取り合って立ち向かおう、と「巻き込む」つもりが、他国の植民地だったり腰が重かったり意識が低かったり前の戦争で因縁があったりで、「攻め込んで支配」という形になってしまったのは「手段」の間違いであったことは否定しません。
「感謝されている」ことを本当に嬉しく思っているのです。同じように「攻め入った」のだから全ての国が日本を非難していると思っていたら、植民地化の経験がある国のほとんどが日本を「解放」してくれた恩人と評価していることを知り、一部は東京裁判でも証言しているにもかかわらず「無視」されている。そう言う声も知ってほしい、と思ったのです。
「反省は必要ない」と言うのは、東京裁判を盲信し日本を批判する人、特に日本人に言うべき言葉ですね。「反省」し過ぎて国の評価を下げ、利益を垂れ流しにしているかたがたがいるもので、この点についてはもう少し説明が必要かもしれません。「反省点」は上記にもある通り「手段」の間違いや交渉下手であったことなど、いくつかあるのです。ただ、状況から戦争と言う手段を取ったこと自体はやむを得ないことで、「戦争したから悪い」と言うような反省はするべきではないと考えています。
あの時代と同じように力を行使することは愚かじゃないですか?1930〜辺りまでは「先進国」が、資源や労働力を求めて植民地を持つことは正しいこととされていました。朝鮮半島については(諸説主張ありますが)「併合」し、搾取でなく、国土として過剰とも言える投資をし、都市整備・産業や教育など育成しました。大陸に対しては「理想」を言えば同盟国として資源の貿易など出来れば目的は達したのですが、当時は国民党と共産党の主導権争いで「交渉」「同盟」の相手がはっきりしませんでした。時期を焦った日本が武力侵攻を選んだことは「間違い」と言えるかもしれません。「隙を突いた」ことはずるいかもしれません。
それにしても、そのこと自体は当時「合法」であったのです。
日本を「生け贄」に断罪したことと植民地の独立を経て、「そう言う価値観の時代」は既に終わっています。「自主独立の国家を力で蹂躙する」ことはもう許されないのです。あの時代を中国の若者が再現し、支配者を目指すと言うのなら「力」の大小では食い止められません。
しかしワタクシが「力は正義だどんどんやれ」と主張しているなら言い分も分かりますが、そんな時代は終わったんだよ、と言いたいのだから誤解されて中国の若者が暴走するのは全く心外です。
侵略であると言う判断は否定しないのですね?で、まだ「決着」つまり、国境線は確定してませんよね?
以前も書きましたがダライラマや一部のチベット人が「中国でもいい」と言っているのは、混血政策や圧倒的な力と民族存続のためにやむを得ず言っていることだと思います。それを根拠に「決着」だとは言えないと思いますが。
「民主化のためにさらなる援助・融資を」と言われたと感じたもので。そうではないのですね、誤解でした。日本もまだ完全ではありませんが、制度・文化交流など「お手伝い」についてはやぶさかではありません。積極的にするべきだと思います。
提示された3つでは、三番目を取りたいです。言葉が足りませんでしたね。衝突の危機を仲立ちして回避する、と言うことですよね?
立場的にも地理的にも「力関係」でも、その役割は日本がするべきですし、なにより日本に利益があることだと思います。現在の日本の外交は多少なりとそう言う点を目指しているんじゃないでしょうか?
そう言う意図なら役人や政治家の対応も納得できるのですが・・・。
「アジア独立云々」はあくまでも「大義」として掲げていたものです。実情は西欧諸国の脅威を逃れるには一国では不可能、手を取り合って立ち向かおう、と「巻き込む」つもりが、他国の植民地だったり腰が重かったり意識が低かったり前の戦争で因縁があったりで、「攻め込んで支配」という形になってしまったのは「手段」の間違いであったことは否定しません。
「感謝されている」ことを本当に嬉しく思っているのです。同じように「攻め入った」のだから全ての国が日本を非難していると思っていたら、植民地化の経験がある国のほとんどが日本を「解放」してくれた恩人と評価していることを知り、一部は東京裁判でも証言しているにもかかわらず「無視」されている。そう言う声も知ってほしい、と思ったのです。
「反省は必要ない」と言うのは、東京裁判を盲信し日本を批判する人、特に日本人に言うべき言葉ですね。「反省」し過ぎて国の評価を下げ、利益を垂れ流しにしているかたがたがいるもので、この点についてはもう少し説明が必要かもしれません。「反省点」は上記にもある通り「手段」の間違いや交渉下手であったことなど、いくつかあるのです。ただ、状況から戦争と言う手段を取ったこと自体はやむを得ないことで、「戦争したから悪い」と言うような反省はするべきではないと考えています。
あの時代と同じように力を行使することは愚かじゃないですか?1930〜辺りまでは「先進国」が、資源や労働力を求めて植民地を持つことは正しいこととされていました。朝鮮半島については(諸説主張ありますが)「併合」し、搾取でなく、国土として過剰とも言える投資をし、都市整備・産業や教育など育成しました。大陸に対しては「理想」を言えば同盟国として資源の貿易など出来れば目的は達したのですが、当時は国民党と共産党の主導権争いで「交渉」「同盟」の相手がはっきりしませんでした。時期を焦った日本が武力侵攻を選んだことは「間違い」と言えるかもしれません。「隙を突いた」ことはずるいかもしれません。
それにしても、そのこと自体は当時「合法」であったのです。
日本を「生け贄」に断罪したことと植民地の独立を経て、「そう言う価値観の時代」は既に終わっています。「自主独立の国家を力で蹂躙する」ことはもう許されないのです。あの時代を中国の若者が再現し、支配者を目指すと言うのなら「力」の大小では食い止められません。
しかしワタクシが「力は正義だどんどんやれ」と主張しているなら言い分も分かりますが、そんな時代は終わったんだよ、と言いたいのだから誤解されて中国の若者が暴走するのは全く心外です。
侵略であると言う判断は否定しないのですね?で、まだ「決着」つまり、国境線は確定してませんよね?
以前も書きましたがダライラマや一部のチベット人が「中国でもいい」と言っているのは、混血政策や圧倒的な力と民族存続のためにやむを得ず言っていることだと思います。それを根拠に「決着」だとは言えないと思いますが。
「民主化のためにさらなる援助・融資を」と言われたと感じたもので。そうではないのですね、誤解でした。日本もまだ完全ではありませんが、制度・文化交流など「お手伝い」についてはやぶさかではありません。積極的にするべきだと思います。
提示された3つでは、三番目を取りたいです。言葉が足りませんでしたね。衝突の危機を仲立ちして回避する、と言うことですよね?
立場的にも地理的にも「力関係」でも、その役割は日本がするべきですし、なにより日本に利益があることだと思います。現在の日本の外交は多少なりとそう言う点を目指しているんじゃないでしょうか?
そう言う意図なら役人や政治家の対応も納得できるのですが・・・。
これは メッセージ 251 (surere8 さん)への返信です.
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