>>強烈な憤懣
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/28 20:35 投稿番号: [9368 / 66577]
扶桑社の歴史教科書、私も読んでみましたが、全体的によく出来た教科書だと思います。山川、三省堂などと比べても、遜色ないものだと思います。
なぜ、批判されているか、その個所と、批判の根拠があれば(Wangさんの個人的意見ではなく、中・韓両政府の)、まあ、考え易いんだろうけど。。。
韓国は、中国に隷属的な情況で長い世紀を耐えてきた国だから、それを指摘されることで、感情的になるのだろう。独立国として、対等に中国と並存していたとは、どうしても考えにくい歴史的状況があるにもかかわらず、です。
まあ、あとは、第二次大戦の問題。
これは、現在の歴史観を持ち出して、過去の事例を当たる、というのが、すでに、史観の押し売りであって、なるたけ、当時の歴史観をもって、記述するのがよいのではないでしょうか?
なぜ、大戦が起きたか、それについての記述で十分であると思います。
また、清朝については、当時の租借の観念(清朝による上海租界や、孫文の満州租借論を挙げるまでもなく)を、やはり、きちんと理解した上で、語らねばならないような気がします。
「学問の中立性」については、これは、政党・政治に左右されることなく、自由に学者・研究者として発言できる、ことを意味するのではないの?つまり、自由な研究の場、発表の場の確保が、「学問の中立性」なんじゃないかな?
「中立的な意見」を言う、というのと、意味合いが違うような。。。
うーん。韓国は、歴史(古代アジア史、朝鮮半島史、朝鮮近代史など、考古学を含む)については、「学問の中立性」は、無い。民族感情に反する発表をすると、学会で袋叩きにあいます。それだけで済めばまだいい、社会的地位を剥奪され、家族もろとも差別されます。これは、今も同じですね。。。
で、扶桑社の教科書、どこが問題なの?
さまざまな学説をすべて網羅できないでしょ、「教科書」なんだから。専門書じゃないんですし。。。
現在までの研究成果を踏まえて、記述された教科書が、中共や韓国の提唱する「自分史」と異なる部分があっても、何ら不思議ではないでしょ。
韓国にせよ、中共にせよ、サヨにせよ、それが不当であるという、学術的根拠が必要なのであって、感情で、或いは、今までの自分たちの主張と違うからといって、すぐ「右翼」のレッテルを貼ったりするのは、「研究者」のとるべき態度ではない。
それは、すでに、「学問の中立性」を捨てた、政治屋の仕事だ、と思います。
どうも、Wangさん、「学問の中立性」と「中立的意見」を混同しているような。。。
まあ、さまざまな意見はあるだろうけど、受け入れがたいような結論をもつ研究も多いし、また、日本の歴史だって、従来の考えと異なるものが多数あるわけでしょ。(前に少し日本の歴史について書いたけど)
まあ、その、扶桑社の教科書を作った連中の日ごろの発言が気に入らないのだろうかとは思うけど。。。確かに、際物もおりますし、ね。
でも、教科書としてみたときに、全体のバランスや、触れる内容のバランスを見て、比較的良く出来た教科書だと、思いますよ。観点の違いでしょうけど。。。
まあ、ひっかかる部分は、そういう説もあるのであって、そうした説をないがしろにして、何も、中・韓の政治的主張に沿った歴史観で、教科書を作る理由もないわけです。
教科書は、政府の公式見解でもないわけですから。。。
もう一度、「中立」の意味を考えてみたらどうでしょう?
なぜ、批判されているか、その個所と、批判の根拠があれば(Wangさんの個人的意見ではなく、中・韓両政府の)、まあ、考え易いんだろうけど。。。
韓国は、中国に隷属的な情況で長い世紀を耐えてきた国だから、それを指摘されることで、感情的になるのだろう。独立国として、対等に中国と並存していたとは、どうしても考えにくい歴史的状況があるにもかかわらず、です。
まあ、あとは、第二次大戦の問題。
これは、現在の歴史観を持ち出して、過去の事例を当たる、というのが、すでに、史観の押し売りであって、なるたけ、当時の歴史観をもって、記述するのがよいのではないでしょうか?
なぜ、大戦が起きたか、それについての記述で十分であると思います。
また、清朝については、当時の租借の観念(清朝による上海租界や、孫文の満州租借論を挙げるまでもなく)を、やはり、きちんと理解した上で、語らねばならないような気がします。
「学問の中立性」については、これは、政党・政治に左右されることなく、自由に学者・研究者として発言できる、ことを意味するのではないの?つまり、自由な研究の場、発表の場の確保が、「学問の中立性」なんじゃないかな?
「中立的な意見」を言う、というのと、意味合いが違うような。。。
うーん。韓国は、歴史(古代アジア史、朝鮮半島史、朝鮮近代史など、考古学を含む)については、「学問の中立性」は、無い。民族感情に反する発表をすると、学会で袋叩きにあいます。それだけで済めばまだいい、社会的地位を剥奪され、家族もろとも差別されます。これは、今も同じですね。。。
で、扶桑社の教科書、どこが問題なの?
さまざまな学説をすべて網羅できないでしょ、「教科書」なんだから。専門書じゃないんですし。。。
現在までの研究成果を踏まえて、記述された教科書が、中共や韓国の提唱する「自分史」と異なる部分があっても、何ら不思議ではないでしょ。
韓国にせよ、中共にせよ、サヨにせよ、それが不当であるという、学術的根拠が必要なのであって、感情で、或いは、今までの自分たちの主張と違うからといって、すぐ「右翼」のレッテルを貼ったりするのは、「研究者」のとるべき態度ではない。
それは、すでに、「学問の中立性」を捨てた、政治屋の仕事だ、と思います。
どうも、Wangさん、「学問の中立性」と「中立的意見」を混同しているような。。。
まあ、さまざまな意見はあるだろうけど、受け入れがたいような結論をもつ研究も多いし、また、日本の歴史だって、従来の考えと異なるものが多数あるわけでしょ。(前に少し日本の歴史について書いたけど)
まあ、その、扶桑社の教科書を作った連中の日ごろの発言が気に入らないのだろうかとは思うけど。。。確かに、際物もおりますし、ね。
でも、教科書としてみたときに、全体のバランスや、触れる内容のバランスを見て、比較的良く出来た教科書だと、思いますよ。観点の違いでしょうけど。。。
まあ、ひっかかる部分は、そういう説もあるのであって、そうした説をないがしろにして、何も、中・韓の政治的主張に沿った歴史観で、教科書を作る理由もないわけです。
教科書は、政府の公式見解でもないわけですから。。。
もう一度、「中立」の意味を考えてみたらどうでしょう?
これは メッセージ 9364 (wangjunhe720 さん)への返信です.
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