藤原審爾氏『みんなが知っている』より
投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2008/01/21 14:33 投稿番号: [64615 / 66577]
私たちが南京市へあと一日行程という距離まで辿り着いたのは、上海上陸後まる二カ月、十二月八日前後のことで、南京城はすでに陥落し、城内居住一般民に対するあの悪名高い大虐殺が行われていた真唯中にあたっています。
*「ゆう」注 日付は原文通りですが、「南京陥落」は十二月十三日のことでしたので、おそらくこれ以降の日付の間違いであると思われます。
ですから、私は幸いにも城内の惨禍に直接あずかることはなかったわけですが、そのかわり、南京城外北方の烏竜山麓における数万におよぶ虐殺死体の清掃を担当しなければなりませんでした。
官立学校だと聞かされた校舎に宿営した翌朝、食事が終ると突然、
「昼食携行、全員軽装にて直ちに集合ツ」
の命令が出ました。
行く先も、目的も全然知らされないまま二里ばかり歩かされ、十時頃着いたところが、烏竜山麓の殺戮現場でした。
一方が烏竜山麓の高地で、山添の道路から傾斜地を下ると揚子江の水際までゆるい起伏を持った広い砂原でした。その広い砂原いっぱいに、前夜半行われた惨劇の地獄図絵が生々しくひろがっていたのでした。それは戦場を歩き慣れて並大ていのことでは愕くことのない私たちでさえ、声をのんで立ちつくしたほどでした。
ここで焼殺された人達は二万ともいい、一説には四万ともいわれています。被害者は南京市の周辺地区から戦禍に追われて城内へ蝟集してきた避難民だったとの事ですが、それを部隊はこの砂原地帯に集結させたまま、一週間あまり兵糧攻めにしたのです。ただ一回だって食を与えず、水さえ飲ませませんでした。
その飢えた避難民の集団をその日の前夜、二個小隊の機関銃隊が上の道路から一斉射撃したのでした。
しかし、水一滴飲まされなかった二万人の群衆の日本軍に対する憤怒のエネルギーがどれほど凄絶なものか、それを指令した軍高級官も、出動した二個小隊の兵たちも、まったく考慮することが出来なかったのです。
夜陰に乗じて虐殺の銃火を点じた日本軍に対する怒りの爆発は、一週間の絶食で消耗しつくした二万の体力を再び復活させるのに役立ちました。異様な雄叫びを上げながら、彼等は道路上の機関銃隊へ向って逆に雪崩のように殺到したのです。二万の大群衆です。たとえば宮場前広場(ママ)を埋めつくすほどの人達が怒りに燃えたぎって殺到したのですから、二個小隊の機関銃隊は、あっという間に押し潰されてしまったのです。
小高い道路上からこれを見物していた自動車隊が臨機の処置をとらざるを得なくなったのです。ぐずついている間はなかった。積み込んでいた全部のドラム罐のガソリンを傾斜地へ放流し、マッチをすって投げ込んだのです。
続く
*「ゆう」注 日付は原文通りですが、「南京陥落」は十二月十三日のことでしたので、おそらくこれ以降の日付の間違いであると思われます。
ですから、私は幸いにも城内の惨禍に直接あずかることはなかったわけですが、そのかわり、南京城外北方の烏竜山麓における数万におよぶ虐殺死体の清掃を担当しなければなりませんでした。
官立学校だと聞かされた校舎に宿営した翌朝、食事が終ると突然、
「昼食携行、全員軽装にて直ちに集合ツ」
の命令が出ました。
行く先も、目的も全然知らされないまま二里ばかり歩かされ、十時頃着いたところが、烏竜山麓の殺戮現場でした。
一方が烏竜山麓の高地で、山添の道路から傾斜地を下ると揚子江の水際までゆるい起伏を持った広い砂原でした。その広い砂原いっぱいに、前夜半行われた惨劇の地獄図絵が生々しくひろがっていたのでした。それは戦場を歩き慣れて並大ていのことでは愕くことのない私たちでさえ、声をのんで立ちつくしたほどでした。
ここで焼殺された人達は二万ともいい、一説には四万ともいわれています。被害者は南京市の周辺地区から戦禍に追われて城内へ蝟集してきた避難民だったとの事ですが、それを部隊はこの砂原地帯に集結させたまま、一週間あまり兵糧攻めにしたのです。ただ一回だって食を与えず、水さえ飲ませませんでした。
その飢えた避難民の集団をその日の前夜、二個小隊の機関銃隊が上の道路から一斉射撃したのでした。
しかし、水一滴飲まされなかった二万人の群衆の日本軍に対する憤怒のエネルギーがどれほど凄絶なものか、それを指令した軍高級官も、出動した二個小隊の兵たちも、まったく考慮することが出来なかったのです。
夜陰に乗じて虐殺の銃火を点じた日本軍に対する怒りの爆発は、一週間の絶食で消耗しつくした二万の体力を再び復活させるのに役立ちました。異様な雄叫びを上げながら、彼等は道路上の機関銃隊へ向って逆に雪崩のように殺到したのです。二万の大群衆です。たとえば宮場前広場(ママ)を埋めつくすほどの人達が怒りに燃えたぎって殺到したのですから、二個小隊の機関銃隊は、あっという間に押し潰されてしまったのです。
小高い道路上からこれを見物していた自動車隊が臨機の処置をとらざるを得なくなったのです。ぐずついている間はなかった。積み込んでいた全部のドラム罐のガソリンを傾斜地へ放流し、マッチをすって投げ込んだのです。
続く
これは メッセージ 64520 (dream_relrel さん)への返信です.
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