Re:ごたごたいろいろなことを持ち込まずに
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/01/20 00:42 投稿番号: [64522 / 66577]
どうもありがとうございます。
むろん、この資料も、虐殺肯定派にしてみれば、根拠のない資料、証言に過ぎないと言うことでしょう。
今まで南京虐殺事件がどのように論議されてきたかを考えてみると、
1)肯定派が告発し
2)否定派がその根拠の曖昧さを指摘し
3)肯定派がその根拠を一つずつ様々な資料を示しながら根拠とし、
4)否定派がその根拠の一つ一つの矛盾を追及し
5)肯定派がさらにその矛盾を矛盾ではなく、そのような場合もあり得るちう形で反論しています。
しかし、否定派の論拠の根幹は
1)南京虐殺をする動機は何か
2)南京虐殺は可能だったか
3)提示される資料が捏造なのはどうしてか、資料が捏造と証明されされているのに、なぜ捏造が証明されていない資料が本物だと言えるのか
4)東京裁判の受諾は敗戦国の立場としてやむを得なかったものであり、判決と真実とは直接の関係はない。したがって、日本が東京裁判を受諾したことが、そのまま”中国の言う”30万の大虐殺を事実として日本が認めているわけではない。
5)戦争に虐殺は付き物であり、日本の戦争も例外ではない。余所の国がやっているから日本もやって良いのかという問題ではなく、なぜ日本の虐殺だけがプロパガンダに使われるのか
と言ったところでしょうか。
とくに1−3はそれらが同時に成立して証明となるものを、肯定派は個別にそのようなこともあり得た、と言う形で反論しています。
これは、とにかく否定派を反論するためにこだわるあまり全体的な視点を欠いているからです。
ここでも見られた例を挙げるならば
1)
否定派 南京の人口は当時20万であり、世田谷区ほどの規模しかなく、そこで30万を殺す事は不可能
肯定派 当時の南京は100万であり規模も世田谷の10倍以上あった
否 当時安全地区外はほぼ無人であり、逃げるものは逃げて残ったものは安全地区に集まっていた。したがって、当時の南京とはすなわち安全地区であり、そこの人口と考えるべきである
肯 通りを見回した結果安全地区外に人通りはなく、家の中に隠れていた人間を見落としている
否 冬の最中、火の気を途絶えさせ100万もの人間が隠れおおせるのか。国民党軍と戦っている日本軍が、家々の探索をしなかったのか。
B)
否 当時の処刑写真などの日本人や中国人が夏服であるものが多いが、何故か。
肯 たまたま遠征が長引き、冬服の準備がなかった。他の隊は寒さで困っていたが自分たちはたまたま冬服の準備をしていたとの記録がある
否 中国人から略奪をしていたなら当然衣服も略奪するだろうし、夏服でも重ね着をするだろう。また南京入城のフィルムや写真を見ると、日本軍はきちんと冬服を着ている。
C)
否 肯定派が持ち出した様々な写真などはオリジナルが存在しそれをわざとキャプションを変えて証拠写真と為しているケースが非常に多い。それなのに、肯定派が持ち出す他の資料の信憑性をなぜ信ずることが出来るのか
肯 写真がないからと言って事件がなかったとは言えない。
D)
否 30万という人数の裏付けは何か
肯 遺体を確認した
否 それならなぜ当初から30万と主張しなかったのか
肯 調査の結果増えてきた
否 長年にわたり飢餓や内戦で多くの死者が土葬にされまた野ざらしになっていた中国で、出てきた遺体が全て日本軍の虐殺とされる根拠は何か。
つまり肯定派の主張は、否定派の一つ一つの指摘に対し、対処的に反論しているに過ぎない。
と言うことでしょうね。肯定派はいくらでも資料を持ち出してくるでしょう。それは造ればいいのだから数に制限はなく、証拠が多いから肯定出来るということです。否定派は資料の捏造をしなければ当然否定の根拠も肯定派より常に少ないのは当たり前です。
ー続く
むろん、この資料も、虐殺肯定派にしてみれば、根拠のない資料、証言に過ぎないと言うことでしょう。
今まで南京虐殺事件がどのように論議されてきたかを考えてみると、
1)肯定派が告発し
2)否定派がその根拠の曖昧さを指摘し
3)肯定派がその根拠を一つずつ様々な資料を示しながら根拠とし、
4)否定派がその根拠の一つ一つの矛盾を追及し
5)肯定派がさらにその矛盾を矛盾ではなく、そのような場合もあり得るちう形で反論しています。
しかし、否定派の論拠の根幹は
1)南京虐殺をする動機は何か
2)南京虐殺は可能だったか
3)提示される資料が捏造なのはどうしてか、資料が捏造と証明されされているのに、なぜ捏造が証明されていない資料が本物だと言えるのか
4)東京裁判の受諾は敗戦国の立場としてやむを得なかったものであり、判決と真実とは直接の関係はない。したがって、日本が東京裁判を受諾したことが、そのまま”中国の言う”30万の大虐殺を事実として日本が認めているわけではない。
5)戦争に虐殺は付き物であり、日本の戦争も例外ではない。余所の国がやっているから日本もやって良いのかという問題ではなく、なぜ日本の虐殺だけがプロパガンダに使われるのか
と言ったところでしょうか。
とくに1−3はそれらが同時に成立して証明となるものを、肯定派は個別にそのようなこともあり得た、と言う形で反論しています。
これは、とにかく否定派を反論するためにこだわるあまり全体的な視点を欠いているからです。
ここでも見られた例を挙げるならば
1)
否定派 南京の人口は当時20万であり、世田谷区ほどの規模しかなく、そこで30万を殺す事は不可能
肯定派 当時の南京は100万であり規模も世田谷の10倍以上あった
否 当時安全地区外はほぼ無人であり、逃げるものは逃げて残ったものは安全地区に集まっていた。したがって、当時の南京とはすなわち安全地区であり、そこの人口と考えるべきである
肯 通りを見回した結果安全地区外に人通りはなく、家の中に隠れていた人間を見落としている
否 冬の最中、火の気を途絶えさせ100万もの人間が隠れおおせるのか。国民党軍と戦っている日本軍が、家々の探索をしなかったのか。
B)
否 当時の処刑写真などの日本人や中国人が夏服であるものが多いが、何故か。
肯 たまたま遠征が長引き、冬服の準備がなかった。他の隊は寒さで困っていたが自分たちはたまたま冬服の準備をしていたとの記録がある
否 中国人から略奪をしていたなら当然衣服も略奪するだろうし、夏服でも重ね着をするだろう。また南京入城のフィルムや写真を見ると、日本軍はきちんと冬服を着ている。
C)
否 肯定派が持ち出した様々な写真などはオリジナルが存在しそれをわざとキャプションを変えて証拠写真と為しているケースが非常に多い。それなのに、肯定派が持ち出す他の資料の信憑性をなぜ信ずることが出来るのか
肯 写真がないからと言って事件がなかったとは言えない。
D)
否 30万という人数の裏付けは何か
肯 遺体を確認した
否 それならなぜ当初から30万と主張しなかったのか
肯 調査の結果増えてきた
否 長年にわたり飢餓や内戦で多くの死者が土葬にされまた野ざらしになっていた中国で、出てきた遺体が全て日本軍の虐殺とされる根拠は何か。
つまり肯定派の主張は、否定派の一つ一つの指摘に対し、対処的に反論しているに過ぎない。
と言うことでしょうね。肯定派はいくらでも資料を持ち出してくるでしょう。それは造ればいいのだから数に制限はなく、証拠が多いから肯定出来るということです。否定派は資料の捏造をしなければ当然否定の根拠も肯定派より常に少ないのは当たり前です。
ー続く
これは メッセージ 64520 (dream_relrel さん)への返信です.
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