Re: 娼婦の心理
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/11/05 14:18 投稿番号: [61131 / 66577]
>ちょっと勘違いした。失礼しました。
素直はよろしいね。
>契約は和洋問わずあったのだが、その内容を見ないと真実が分からない。
ヨーロッパの封建制度とは「国王が諸侯に領地の保護をする代償に忠誠を誓わせ、
諸侯も同様の事を臣下たる騎士に約束し、忠誠を誓わせるという制度である。」
>(恥ずかしいけど、WIKIのを拝借した)
WikiはWikiで利用価値はある。但し、丸飲みするのは危険であり、自分なりに(しかできないけれどね)傍証を固める必要はあると思うよ。
>下克上の風潮が横行した戦国時代は家法と分国法があったものの、
戦国大名は家臣に結構厳しかった。
>勝手に農民を使役することを禁じたり、土地台帳を提出させたりしていた。
目的は租税完納だった。
>いわば、納税のためのなんともつかないシステムだ。
この点ではヨーロッパとは大きく違っていた。
どこが違うの?無論、ヨーロッパとアジアでは背景が違う。宗教的な要素も違う。だからありようが違うのは当たり前だけれど、主君が家臣を一方的に従属させていたのではなく、主君も又家臣に対し義務を負っていた。封建制とはこのことを言う。
当時は政治の基盤は武力だった。だから当然武装集団が政治の中心となった。しかし、その武装集団が一つの組織の元にまとまっていて、そこには契約が不可欠であった、とまあこんな所かな。
契約とは守るから意味がある。契約を守っている限り、主君と家臣の関係は安泰だ。
>これもまたとてつもない暴論だな。
事実上、天皇の実権は筆頭大名に奪われていたのだ。
契約たる物なんて存在しない。
天皇制がなぜ今に至るまで継続しているのか、世界最古の君主制と言われているのか理解しなさい。天皇が各時代の為政者にとって契約の立会人みたいな物だった。織田信長は最初足利将軍を利用したが、彼が契約を守らなかったから排除した。豊臣も契約を結びたかったが幕府を開くことが出来ず、関白という名目で支配権を天皇から貰った(形では預かった)。だから、諸大名を支配できたのだ。
西欧でも、王権とは神から与えられた物であり、すなわち法王の承認が必要だった。カノッサの屈辱って知ってるか?
>さもなくば大政奉還する必要がなかったじゃないか。
この時代も幕藩体制における大名の権限も限定的だった。
朝廷も大名も幕府の対立勢力だった。
大名改易・国替もそれを圧伏するためのものだった。
徳川家に契約履行の能力が無くなったからに決まっているだろうが。但し、その時の契約とは、天皇と国民の契約だが。
>「名目上だが」で実質を誤魔化しちゃ馬鹿のやり方だぞ。
今でも国家行事は天皇の御名玉璽をもって有効とされる。閣僚の任命、国会の召集等々。それは代々の幕府のやってきた事と大差ないよ。現在の憲法では天皇は日本国の象徴と位置づけられている。即ち、御名玉璽とは国民の承諾と言うことなのだ。その精神は、封建時代に既にあったのだよ。だから、封建制度は民主制の必然的前段階と見なされており、これは西欧と日本にしかなかったのだ。
素直はよろしいね。
>契約は和洋問わずあったのだが、その内容を見ないと真実が分からない。
ヨーロッパの封建制度とは「国王が諸侯に領地の保護をする代償に忠誠を誓わせ、
諸侯も同様の事を臣下たる騎士に約束し、忠誠を誓わせるという制度である。」
>(恥ずかしいけど、WIKIのを拝借した)
WikiはWikiで利用価値はある。但し、丸飲みするのは危険であり、自分なりに(しかできないけれどね)傍証を固める必要はあると思うよ。
>下克上の風潮が横行した戦国時代は家法と分国法があったものの、
戦国大名は家臣に結構厳しかった。
>勝手に農民を使役することを禁じたり、土地台帳を提出させたりしていた。
目的は租税完納だった。
>いわば、納税のためのなんともつかないシステムだ。
この点ではヨーロッパとは大きく違っていた。
どこが違うの?無論、ヨーロッパとアジアでは背景が違う。宗教的な要素も違う。だからありようが違うのは当たり前だけれど、主君が家臣を一方的に従属させていたのではなく、主君も又家臣に対し義務を負っていた。封建制とはこのことを言う。
当時は政治の基盤は武力だった。だから当然武装集団が政治の中心となった。しかし、その武装集団が一つの組織の元にまとまっていて、そこには契約が不可欠であった、とまあこんな所かな。
契約とは守るから意味がある。契約を守っている限り、主君と家臣の関係は安泰だ。
>これもまたとてつもない暴論だな。
事実上、天皇の実権は筆頭大名に奪われていたのだ。
契約たる物なんて存在しない。
天皇制がなぜ今に至るまで継続しているのか、世界最古の君主制と言われているのか理解しなさい。天皇が各時代の為政者にとって契約の立会人みたいな物だった。織田信長は最初足利将軍を利用したが、彼が契約を守らなかったから排除した。豊臣も契約を結びたかったが幕府を開くことが出来ず、関白という名目で支配権を天皇から貰った(形では預かった)。だから、諸大名を支配できたのだ。
西欧でも、王権とは神から与えられた物であり、すなわち法王の承認が必要だった。カノッサの屈辱って知ってるか?
>さもなくば大政奉還する必要がなかったじゃないか。
この時代も幕藩体制における大名の権限も限定的だった。
朝廷も大名も幕府の対立勢力だった。
大名改易・国替もそれを圧伏するためのものだった。
徳川家に契約履行の能力が無くなったからに決まっているだろうが。但し、その時の契約とは、天皇と国民の契約だが。
>「名目上だが」で実質を誤魔化しちゃ馬鹿のやり方だぞ。
今でも国家行事は天皇の御名玉璽をもって有効とされる。閣僚の任命、国会の召集等々。それは代々の幕府のやってきた事と大差ないよ。現在の憲法では天皇は日本国の象徴と位置づけられている。即ち、御名玉璽とは国民の承諾と言うことなのだ。その精神は、封建時代に既にあったのだよ。だから、封建制度は民主制の必然的前段階と見なされており、これは西欧と日本にしかなかったのだ。
これは メッセージ 61129 (red_northwestwolf さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/61131.html