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Re: 靖国参拝問題の本質(cobapics0506z)

投稿者: nao759kyon 投稿日時: 2006/08/13 15:39 投稿番号: [58321 / 66577]
うっかり間違いで誤魔化そうと言うのかね、そうは行かないよ。


>揚げ足取りしかできない能無しか、お前は。
>十三経注疏にあるもの、【易経】とうっかりして書いただけではないか。別に混同して書いたわけでもないが。そういう揚げ足を取らないでお前には議論が無理か?

「十三経注疏」を読んだことのある人なら、誰でもそんなバカな間違いはしない。
なぜなら、経典の「本文」と、「注」と、「疏」は、みな文章が書かれた成立時代が違うから。
概ね、「本文」は先秦、「注」は漢代、「疏」は六朝から唐代にかけて成立する(例外も少なくない、これはあらかじめ明言しておく)。
それに、「治世謂天下和平亂世謂兵革不息」と言う文は、「易経」でもなくて、「毛詩」の「疏」の文章が、出典だ。
これがオリジナルの文だったら、それはこれを書いた、孔穎達の文章だと言うことになるね。
孔穎達は、唐代の超有名学者だよ。
すくなくとも、「本文」なのか、「注」の文なのか、「疏」の文なのかぐらいは、誰でも注意する。

だから唐代の学者の文章を引いて、先秦の『管子』の文章を、隔対といってえらそうに解釈するやつはいない。
そんな馬鹿なことをするのは、「十三経注疏」を読んだことのないのに、読んだふりをしているバカのcobapics0506zぐらいだ。

だから、事実こんなおかしなことも書いてた。

>上記文献のほかに十三経に検索してみたが、37の四例が出た。
この中で紛らわしいのは、一例のみ。他は「昔の良き世、優れた時代」という意味であった。
この一例は、春秋羊公傳注疏・隠公にあるものですが、注文は
注 :以 治 出 自 任 者、 猶 言 以 天 子 治 世 為 已 任 矣 。
ということで、上古文献の本文テキストには、動詞の使用はなく、その使用がほぼ名詞に統一していると見てよかろう。(No.57059 )

これでは、「春秋羊公傳」の「注疏」の文章を、上古文献の統計の中に入れてしまっている。
これは、明らかにうっかり間違いではない。
うっかり間違いではなくて、無知がなせるバカのわざ。

わかったかな。
cobapics0506zは、無知から「易経」の本文も、注疏の文もごちゃごちゃに混同していたと言うことだよ。

だからもう止めとけ、おまえじゃ相手にならないよ(笑い)。


ところで、「37の四例」と言うのは、何例のことなのだ?
37○4例のことなのか?
それともなにかの暗号なのか?(笑い)
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