Re: 「治世」:nao氏 横
投稿者: kitaguninosaru1 投稿日時: 2006/07/21 16:05 投稿番号: [57128 / 66577]
>したがって、『管子』法禁篇の「治世之時」も、他の注釈書『管子校釈』『管子今注今訳』などで示されているように「動詞+名詞」、「治理天下」、「世を治める」という意味なのである。
>これで、決着がついたと思う。もし反論があったら、書いてみて(笑い)
↑
私はここの「治世」を「秩序ある世」と読んでいたので、反論とまで行かないが、異論がある。
「治世」に「国を治理する」と「(治理された)秩序ある国」の両方の意味があることについては私は特に否定しないので、ここでは「管子」のこの部分のみについて考えてみる。
>治世則不然、不知親疎遠近貴賎美悪、以度量断之、其殺戮人者不怨也。
>(訳文)社会をうまく治めるには、それではいけない。親しいとか疎いとか、遠いとか近いとか、貴人だとか賎民だとか、美だとか醜いだとか、そのようなことに一切関係なく、法律(度量)に基づいて公正に裁けば、たとえ殺されても人は怨まないものだ。
↑
「不然」を「それではいけない」と訳しているね。
「それ」とは「治世則不然・・・」の前文に列挙された「凡為主而不得其法」の場合に見られる現象であろう。
「凡為主而不得其法」にある「主」は「治国」の方法こそ得ていないものの、「主」である以上「治国」していることには変わりないだろう。
少なくとも管子は「不得其法」だからと言って、その「主」が「治国」していないとは言っていない。
私の推定が正しければ、「主」は「治国」しているが、「不得其法」がために、列挙された現象が起こり、「秩序ある国」になっていないことになる。
であれば、「治世則不然」を「社会をうまく治めるには、それではいけない」ではなく、「秩序ある国はそのようなものではない」と訳した方がより適切ではないか?
大体「不然」という古文に「してはいけない」というニュアンスがあったのだろうか?
それに、訳文にある「うまく」は貴殿が加えたもので、原文にあった表現ではない。
「治国」する者としては誰もが「うまく」やりたいだろうから、貴殿のその訳は間違いとは言えないが、「治世」を正しく理解する上で障害となる可能性が否定できない。
「治世則不然」の後ろに「乱君則不然」を「乱君はそれではいけない」と訳すわけには行かないだろう。
ここでは前文の「秩序ない国」の状況に対して、後述の「秩序ある国」の状況を対照的に列挙したではないか?
「治国」しない場合の状況と「治国」する場合の状況を対照したわけではないと思う。
なぜならば、前文の「主」は「不得其法」ではあるものの、「治国」しなかったわけではない。
「秩序ある国」に出来なかったのは「治国」しなかったからではなく、「不得其法」だからである。
更に、「今乱君則不然・・・国之不治、従此産」とあるが、
ここの「国之不治」は「治国しない」という意味だろうか?
>これで、決着がついたと思う。もし反論があったら、書いてみて(笑い)
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私はここの「治世」を「秩序ある世」と読んでいたので、反論とまで行かないが、異論がある。
「治世」に「国を治理する」と「(治理された)秩序ある国」の両方の意味があることについては私は特に否定しないので、ここでは「管子」のこの部分のみについて考えてみる。
>治世則不然、不知親疎遠近貴賎美悪、以度量断之、其殺戮人者不怨也。
>(訳文)社会をうまく治めるには、それではいけない。親しいとか疎いとか、遠いとか近いとか、貴人だとか賎民だとか、美だとか醜いだとか、そのようなことに一切関係なく、法律(度量)に基づいて公正に裁けば、たとえ殺されても人は怨まないものだ。
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「不然」を「それではいけない」と訳しているね。
「それ」とは「治世則不然・・・」の前文に列挙された「凡為主而不得其法」の場合に見られる現象であろう。
「凡為主而不得其法」にある「主」は「治国」の方法こそ得ていないものの、「主」である以上「治国」していることには変わりないだろう。
少なくとも管子は「不得其法」だからと言って、その「主」が「治国」していないとは言っていない。
私の推定が正しければ、「主」は「治国」しているが、「不得其法」がために、列挙された現象が起こり、「秩序ある国」になっていないことになる。
であれば、「治世則不然」を「社会をうまく治めるには、それではいけない」ではなく、「秩序ある国はそのようなものではない」と訳した方がより適切ではないか?
大体「不然」という古文に「してはいけない」というニュアンスがあったのだろうか?
それに、訳文にある「うまく」は貴殿が加えたもので、原文にあった表現ではない。
「治国」する者としては誰もが「うまく」やりたいだろうから、貴殿のその訳は間違いとは言えないが、「治世」を正しく理解する上で障害となる可能性が否定できない。
「治世則不然」の後ろに「乱君則不然」を「乱君はそれではいけない」と訳すわけには行かないだろう。
ここでは前文の「秩序ない国」の状況に対して、後述の「秩序ある国」の状況を対照的に列挙したではないか?
「治国」しない場合の状況と「治国」する場合の状況を対照したわけではないと思う。
なぜならば、前文の「主」は「不得其法」ではあるものの、「治国」しなかったわけではない。
「秩序ある国」に出来なかったのは「治国」しなかったからではなく、「不得其法」だからである。
更に、「今乱君則不然・・・国之不治、従此産」とあるが、
ここの「国之不治」は「治国しない」という意味だろうか?
これは メッセージ 57122 (nao759kyon さん)への返信です.
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