Re:、隔対:kitaguninosaru1氏 治世 横
投稿者: nao759kyon 投稿日時: 2006/07/20 00:30 投稿番号: [57078 / 66577]
>先般の件、ご趣旨了解しました。
了解してもらったようで、何よりです。
○
>「徳行必有所是、道義必有所明」は「聖王」・「治世」といった条件が揃う時に必ず出る現象なのだと読まれてもいいかと思います。
よって、主語は「聖王」ではなく、「徳行・道義」であるとも解釈可能でしょう。
>日本語に直すと
「聖王が治世を君臨する場合、必ずや「徳行・道義」は基準によって明確にされている」
ではないでしょうか?
そうだとすれば、このあたりの四句は、隔句対ではないということですね。
この点は、まず一致できると思いますし、確認しておきます。
後半部分を、『必ずや「徳行・道義」は基準によって明確にされている』と訳すというのですね。
主語を、「徳行・道義」であると解釈するのでしょう。
これは、私の考えに一番近いです。
私もそう思っているのですが、なかなか同志が見つからなくて、迷っています(笑い)。
○
>「治世之時」を「治理天下時」と読んだのは間違いと言えよう。
>「治世」は「うまく治められた世」という意味で理解されるべきでしょう。
「治世」の「治」の字も、仮借ですね。
もともとは、山東省の川の名前ですよ。
清朝考証学の大家、段玉裁も、「按、今字訓理。蓋由借治為理」と書いてますね。
「治」の字は、「理」の字の仮借だというのですよ。
共に、古韻第一部ですからね。
「理」の字と同じなのですから、「治世」を「治理天下」と訳しても、何の問題もないと思います。
これは メッセージ 57040 (kitaguninosaru1 さん)への返信です.
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