Re: cobapics0506z氏、「隔対」????
投稿者: nao759kyon 投稿日時: 2006/07/15 07:31 投稿番号: [56989 / 66577]
『管子』の本文に間違いがないことを再確認したので、『管子』について、もう一回正確に論じると、こうなる。
>根拠としては、その直後に
【治世則不然 , 不知親疏遠近貴賤美惡 , 以度量斷之 】と書いてあるから、「聖王」に対して、「治世」のことを書いてある。その直後に対偶が続くから、「隔対」と成る。
「治世則不然 ・・・」の一文は、『管子』第45編任法の文章。
元の「聖王之身治世之時・・・」は、『管子』第第14編法禁の文章。
第45編の文章は、第14編の文章のずっと後ろであるのに、panda168jpは、「直後」だと主張する。
なぜか?
本文をよく見もせず、YAHOOの検索だけしか見ていなかったからである。
YAHOOの検索では、離れていても、すぐ近くに見えることがある。
さて、本文の「聖王之身治世之時」は、普通断句になっているのに、なぜ断句しなかったか。
答えは「身」の字の意味が「親自」と言う副詞で、意味としては「身治世」、自分で治世すると言う意味と判断したから。
形式は、断句のように見えて、意味的には実際には切れていない文書は多い。
それこそ、第14編法禁の直後に、「聖王之治民」「聖王之教民」と出てくる言葉と、同じ意味である。
つまり、「聖王之身治世之時」というのは、「聖王が、自分で自ら治世をするとき」と言う意味である。
ところが、
>「聖王」は・・・であり、「治世」は・・・であると読むべき。
>「聖王」に対して、「治世」のことを書いてある。その直後に対偶が続くから、「隔対」と成る。
「隔対」と言うのだから、句を隔てて、対隅になっていなければならない。
いったいどこが、「隔対」となっているのか、さっぱりわからない。
cobapics0506zにもう一度、聞いてみよう。
どこが「隔対」となっていて、「聖王之身治世之時」と言うのは、なんと訳すの?
cobapics0506zが、逃げずに、答えてもらうのを期待しよう(笑い)。
それとも「朱子語類」や、「観音義疏記」の時と同じで、また誤魔化すのだろうか??
よく見てみよう。
これは メッセージ 56922 (cobapics0506z さん)への返信です.
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