Re: 能與其道義呼?cobapics0506z氏
投稿者: callofwildbuck 投稿日時: 2006/06/17 12:25 投稿番号: [56130 / 66577]
>>「能與其」の例も、まともな古文の例を一つも出せなかったのと同じ。<
>
出しましたよ。どうしてこの二例がまともだといえないのか?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019566&tid= cf9q&sid=552019566&mid=56093
⑦古文例:観音既能與其生縁、何不能與福縁邪。
観音義疏記巻第三
(観音、既によく其れと生縁とし、何んぞ其れと福縁せざらんや)
⑧古文例:臣請、入與其同命。史記・項羽本記
(
臣、乞うて曰く:入りてそれと命を同じうせん。)
「能與其」の例なのだから、『史記』項羽本記は、その例にならない。
『観音義疏記』の例文を読むと、自称中国人のcobapics0506z氏は、全然中国語が読めないことがわかる。
この原文は、こうなってる。
男之知恵、女之端正。皆由修種忍智之因。非聖能與。不修而得堕無因過。・・・・
福・慧・受生、皆由縁弁。観音既與其生縁、何不能福慧縁邪。
http://www.suttaworld.org/gbk/sutra/kgin/kgin34/1729_3.htm訳すと、「福」も「智慧」も「生命を受けたこと」も、みな「縁」の不思議な力に因っている。観音が、命をその人に与えた以上(「生縁」)、どうして「福」や「智慧」も与えないことがあろうか。
となるだろうか。「義疏」という解釈の文だから、そもそもの本文がないとよくわからない部分もある。
とにかく、引用の部分の「與」は、助詞ではなくて、明確に動詞の「与える」と言う意味ですね。
中国人でも、こんなに中国文が読めない人もいるんだね。
これは メッセージ 56127 (cobapics0506z さん)への返信です.
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