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嘘発見器の嘘1

投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2006/04/25 12:25 投稿番号: [54559 / 66577]
アメリカでこんな事件が発生した:

12歳の女の子が殺された、警察は女の子の14歳のお兄さんを逮捕した、逮捕の理由で単純な嘘発見器で14歳のお兄さんが嘘を付いてた。

ところが、真犯人が見付り、逮捕した、無実な少年を釈放された。

一体嘘発見器が何なでしょう?という疑問も出た。


東中野氏はまさかこの嘘発見器の原型モデル、いや、壊れた嘘発見器の方が正しいです、出鱈目な「思いつき検証」は笑わせなよ。

俺は歴史専門家ではない、一々東中野氏を反論する能力もないが、偶々見付った資料で東中野氏の出鱈目な「思いつき検証」を驚きました。

例1:東中野氏の「夏服」の検証について

http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/num/n-001.htm

理由:南京空爆の件は南京でなく広東→夏服だから。

凄いではないか?服装で地方を判断できる。「教授」か?

俺は偶々見付った資料で

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3924/article/natuhuku.html

抜枠:

元第二師団長 岡村寧次
六 応急派兵の服装問題

十二年八月十八日午後四時、師団は軍機電報を受領した。その要旨は、藤原少将を長とする混成旅団を編成して北支(察哈爾方面)に派遣せしめられることになつたのである。
その頃まだ相当暑いので、当然夏衣袴着用と一般に思われていたが、私は、この出動の命令下達と同時に冬服着用を指示した。旅団長や副官などが度々来訪して、将兵全部の意向なりとして夏衣袴着用を懇願したが、私は断乎としてこれを拒止し、察哈爾方面は高原地帯で間もなく寒くなること、奉天―北京―察哈爾の唯一の兵站線は、到底冬服の追送など期待し得ないことを説いたので、彼らは渋々と冬衣袴を着用して出動した。
この年十二月、藤原支隊はせ赫々たる戦果をもたらして帰還した。その将校たちは、察哈爾の秋は寒さ厳しく、他の部隊が夏衣袴で寒がっていたのに、われらのみは冬服で良かった今更ながら私の先見に感謝したとのことであった。
私は壮年時から屡々中国に駐在し、兵要地誌からしても察哈爾の鉄道状況も知っていたので、こういう断乎たる措置を執ることができたのであって、平時研究の重要性を更めて思ったことである。


曾根一夫

  南京攻略戦は御指摘のとうり、厳冬期である。軍隊が衣替えして冬服になるのは十月であったから、一二月の季節に夏服でいるのは不自然と思われるかも知れない。
  しかし、それは平時の考え方である。戦地でもこれに準じて衣替えしたのはもちろんであるけれど、条件の悪いところではそうばかりゆかない場合があった。
  <途中省略>
これによって南京後略戦のときにも、出発までに支給ができず、八月下旬か九月上旬に内地から着用してきた夏服で従軍して部隊が沢山あった。
  このように戦場では常識で割切れないことがあった。虐殺現場にいた兵隊が夏服を着用していても、おかしなことではない。


つまり、東中野氏は曾根一夫氏の言う様な“それは平時の考え方である。”“このように戦場では常識で割切れないことがあった。虐殺現場にいた兵隊が夏服を着用していても、おかしなことではない。”

つまり、東中野氏の「思いつき検証」「壊れた嘘発見器」を十分証明された。

続く


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