Re: アクア氏へ
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2006/04/25 09:39 投稿番号: [54548 / 66577]
古来よりの、力が全ての方法で、善悪や正邪など関係なく断ざれたにもかかわらず、いまだに「悪」として貶められ交渉材料や国家としての瑕疵とされていることに疑問を感じているのです。
また、喩えで出されている事例はあくまでも民事上のハナシであり、善悪や犯罪を断ずる刑法的な考えとは相容れません。
法改正によってそれぞれの当事者に不都合が生じた場合それは「法の制度的不備」であって、それを解消するために裁判所が補填して双方主張と利益を考慮して判断すべきことです。
どちらが「正しい」と言う問題ではありません。
喩えとしては不適当ですね。
カンチガイがまたあるようです。
日本の戦時評価について、やたらと国際法だとか東京「裁判」だとかを持ち出し、その認識が正当であると主張し始めたのは「日本を悪とする」方々ですよ。
立証責任の原則から言えば適法性をも立証すべきは彼らなんですが。
むしろ単純に法の精神や原則を無視しているのはさてどちらでしょうか、と。
>アクア氏の言っていることは、人間の古来からのしきたりに文句を言ってるが如しで、それに幕をおろしたのが、東京裁判だったのでは。<
引き続き大きなカンチガイですね。
ワタクシは東京裁判を含めて当時の価値観ではやむを得ない「力による事後処理」として容認しております。古来であろうと現代であろうと、その時々の価値観と常識にそって動くことは当然です。
あくまでもその結果の「日本は侵略者であり、首脳陣が戦争犯罪人である」という認識をいまだに真っ当な正義の判断であるとする物言いに対し疑問を発し問いかけているだけです。
日本をある規準に於いて「悪」と断ずるなら、同時代の同一行為に対しては同評価であるべきなんです。我が身を守るために他国の権益を害した。それが悪ならば自国を守るために侵略や他国権益目的の外国と手を組むことも同じく悪です。なぜこの双方がこのような手段をとり得たか?その時代では善悪などではなく、単なる「選択」のひとつだったからです。
善悪や正邪は勝ち負けによるものですか?
「そうだ」というなら議論は終わりです。
それこそ「力が正義」ということです。
「現実は」それに近い。が、理念としては、決してそうでは無い。
東京裁判の結果を後生大事に金科玉条にしているというのは、イコール「力の正義を信じている」ということです。違うというなら、結果やプロセスにきちんと正当性を付与するべきです。「勝ち負けに関わらない善悪の規準」「その根拠」を提示して。
>次の大戦では、この様な裁判が開かれる事は無いでしょう。最後のババをひいたのが日本なんでしょうね。残念ながら。<
これも「善悪」とは無関係ですね。
東京裁判の主催者は力によって自身の過去を否定したのだからこのような裁判は二度と起こせないでしょう。
残念、などではなく、それこそが東京裁判の数少ない「後世への利点」です。なぜ「残念」等と言う言葉が出るのか理解に苦しみます。
何度も指摘しましたが、カンチガイが多すぎです。自分と相反する意見の持ち主は***と考えているに違いない、そういうように受け取れますよ。
誤読を招くのは文章力でもあるので、自省すべきことでもありますが。
また、喩えで出されている事例はあくまでも民事上のハナシであり、善悪や犯罪を断ずる刑法的な考えとは相容れません。
法改正によってそれぞれの当事者に不都合が生じた場合それは「法の制度的不備」であって、それを解消するために裁判所が補填して双方主張と利益を考慮して判断すべきことです。
どちらが「正しい」と言う問題ではありません。
喩えとしては不適当ですね。
カンチガイがまたあるようです。
日本の戦時評価について、やたらと国際法だとか東京「裁判」だとかを持ち出し、その認識が正当であると主張し始めたのは「日本を悪とする」方々ですよ。
立証責任の原則から言えば適法性をも立証すべきは彼らなんですが。
むしろ単純に法の精神や原則を無視しているのはさてどちらでしょうか、と。
>アクア氏の言っていることは、人間の古来からのしきたりに文句を言ってるが如しで、それに幕をおろしたのが、東京裁判だったのでは。<
引き続き大きなカンチガイですね。
ワタクシは東京裁判を含めて当時の価値観ではやむを得ない「力による事後処理」として容認しております。古来であろうと現代であろうと、その時々の価値観と常識にそって動くことは当然です。
あくまでもその結果の「日本は侵略者であり、首脳陣が戦争犯罪人である」という認識をいまだに真っ当な正義の判断であるとする物言いに対し疑問を発し問いかけているだけです。
日本をある規準に於いて「悪」と断ずるなら、同時代の同一行為に対しては同評価であるべきなんです。我が身を守るために他国の権益を害した。それが悪ならば自国を守るために侵略や他国権益目的の外国と手を組むことも同じく悪です。なぜこの双方がこのような手段をとり得たか?その時代では善悪などではなく、単なる「選択」のひとつだったからです。
善悪や正邪は勝ち負けによるものですか?
「そうだ」というなら議論は終わりです。
それこそ「力が正義」ということです。
「現実は」それに近い。が、理念としては、決してそうでは無い。
東京裁判の結果を後生大事に金科玉条にしているというのは、イコール「力の正義を信じている」ということです。違うというなら、結果やプロセスにきちんと正当性を付与するべきです。「勝ち負けに関わらない善悪の規準」「その根拠」を提示して。
>次の大戦では、この様な裁判が開かれる事は無いでしょう。最後のババをひいたのが日本なんでしょうね。残念ながら。<
これも「善悪」とは無関係ですね。
東京裁判の主催者は力によって自身の過去を否定したのだからこのような裁判は二度と起こせないでしょう。
残念、などではなく、それこそが東京裁判の数少ない「後世への利点」です。なぜ「残念」等と言う言葉が出るのか理解に苦しみます。
何度も指摘しましたが、カンチガイが多すぎです。自分と相反する意見の持ち主は***と考えているに違いない、そういうように受け取れますよ。
誤読を招くのは文章力でもあるので、自省すべきことでもありますが。
これは メッセージ 54540 (sintyou_4_12 さん)への返信です.
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