Re: 読み方によって、トカゲ様へ
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2006/02/27 01:22 投稿番号: [52758 / 66577]
>ここは日本語のBBSであり、中国語の内容についてどのような見解を求められても答える気にはならない。むろん、あたしの中国語などニーツファンラマ?をやっと言えるくらいのレベルだから、かりに内容が想像出来ても無意味。<
全くすり替えにしても、この程度か?
いいですか?お話は仏教ですね。確認しておきましょうね。最初から言ったはずだが、【円頓】という思考法が君に有用であれば・・・無論君は無用だと思えば破棄しても良しと、僕は言ったはずだ。
真正面からの回答を避け、君は中国が仏教の国ではなく、日本だけが世界の大乗仏教の国だと言い始めた。この時点で『摩訶止観』のいう【円頓止観】から離れて、話を別の所に飛ばしていたのだ。
では、君は僕が仏教を理解していないといったが、それはそれでいいと思う。ただし仏教理解について、日本語訳文がある一方、正に原典原文もあることを、しておくべきだと僕は君に提示した。
なぜ提示するかというと、【止観】原文はそう簡単に手に入れるものではない。知る人ぞ知る・・・仏教理解にしても正当なブロセスが必要であり、口だけいくら【理解した、理解していない】と言っても、恐らく誰にも信用されないだろう。ということはこれはただの中国語じゃないよ。お経だよお経。
【円頓】と説くなら君の浅知恵よりも、どのお経に説き始められ、【摩訶止観】に至っての経緯を説くのが先決だろう。例えば『法華経』に先に説かれ、次に『華巌経』第五の賢首品に説かれ、さらに『摩訶止観』に至る教理をお経を引用しながら説くのが筋だろ。
なぜこのようなプロセスが必要か?『止観』には
【今依經更明圓頓】(いま経によってさらに円頓を明かさん)と
明白に書いてあるからね。
では『法華経』(方便品)ではどのように言ったのだろうか。
舎利弗。如来知見。広大深遠。無量無礙。力。無所畏。禅定。解脱。三昧。深入無際。(略)【諸法実相。所謂諸法、如是相。如是性。如是体。如是力】如是作。如是因。【如是縁】。如是果。如是報。如是本末究竟等。爾時世尊欲重宣此義。*【 】は僕が付けたものである。
といっている。では『華厳経』ではどのようにあったのだろう?
気をつけてね。旧訳華厳経では第五巻ですが、新訳の場合は第六巻ですよ(第三一章 普賢菩薩行品)
以偈頌曰:略
菩薩一念知 於彼無所著
行者入如是 奇特甚深地
菩薩妙法中 我當説少分
智慧無邊際 究竟佛境界(略)
つまり天台大師智邈( 538〜597)は、【円頓】を解釈するに当たって、法華経、華厳経を持って解釈したのである。
止観原文:圓頓者。初縁實相、造境即中、無不眞實。(円頓とは初めより実相を縁ず。境に至るに即ち中にして真実ならざることなし)
圓頓者。初縁實相の【実相】=法華経の【諸法 実相・・・】
造境即中、無不眞實の【造境】=華厳経の【究竟佛境界】
では【 実相 】とは何か?
羅什中論に tattvasya-laksa-na 真実性の特相と意味す。
法華経序品に dharma-svabhava 法の本質と訳す。智邈は羅什の訳を用いたので、実相とは上記本意以外の意味も考えられる(『大谷学報』第37号参考)【縁実相】というのですから、実相を縁起するという意味です。
ここまでは半分しか説いてないが、【造境】とは何か?
また続く。
阿呆よ、聞く気ある?眠くなったろ?
全くすり替えにしても、この程度か?
いいですか?お話は仏教ですね。確認しておきましょうね。最初から言ったはずだが、【円頓】という思考法が君に有用であれば・・・無論君は無用だと思えば破棄しても良しと、僕は言ったはずだ。
真正面からの回答を避け、君は中国が仏教の国ではなく、日本だけが世界の大乗仏教の国だと言い始めた。この時点で『摩訶止観』のいう【円頓止観】から離れて、話を別の所に飛ばしていたのだ。
では、君は僕が仏教を理解していないといったが、それはそれでいいと思う。ただし仏教理解について、日本語訳文がある一方、正に原典原文もあることを、しておくべきだと僕は君に提示した。
なぜ提示するかというと、【止観】原文はそう簡単に手に入れるものではない。知る人ぞ知る・・・仏教理解にしても正当なブロセスが必要であり、口だけいくら【理解した、理解していない】と言っても、恐らく誰にも信用されないだろう。ということはこれはただの中国語じゃないよ。お経だよお経。
【円頓】と説くなら君の浅知恵よりも、どのお経に説き始められ、【摩訶止観】に至っての経緯を説くのが先決だろう。例えば『法華経』に先に説かれ、次に『華巌経』第五の賢首品に説かれ、さらに『摩訶止観』に至る教理をお経を引用しながら説くのが筋だろ。
なぜこのようなプロセスが必要か?『止観』には
【今依經更明圓頓】(いま経によってさらに円頓を明かさん)と
明白に書いてあるからね。
では『法華経』(方便品)ではどのように言ったのだろうか。
舎利弗。如来知見。広大深遠。無量無礙。力。無所畏。禅定。解脱。三昧。深入無際。(略)【諸法実相。所謂諸法、如是相。如是性。如是体。如是力】如是作。如是因。【如是縁】。如是果。如是報。如是本末究竟等。爾時世尊欲重宣此義。*【 】は僕が付けたものである。
といっている。では『華厳経』ではどのようにあったのだろう?
気をつけてね。旧訳華厳経では第五巻ですが、新訳の場合は第六巻ですよ(第三一章 普賢菩薩行品)
以偈頌曰:略
菩薩一念知 於彼無所著
行者入如是 奇特甚深地
菩薩妙法中 我當説少分
智慧無邊際 究竟佛境界(略)
つまり天台大師智邈( 538〜597)は、【円頓】を解釈するに当たって、法華経、華厳経を持って解釈したのである。
止観原文:圓頓者。初縁實相、造境即中、無不眞實。(円頓とは初めより実相を縁ず。境に至るに即ち中にして真実ならざることなし)
圓頓者。初縁實相の【実相】=法華経の【諸法 実相・・・】
造境即中、無不眞實の【造境】=華厳経の【究竟佛境界】
では【 実相 】とは何か?
羅什中論に tattvasya-laksa-na 真実性の特相と意味す。
法華経序品に dharma-svabhava 法の本質と訳す。智邈は羅什の訳を用いたので、実相とは上記本意以外の意味も考えられる(『大谷学報』第37号参考)【縁実相】というのですから、実相を縁起するという意味です。
ここまでは半分しか説いてないが、【造境】とは何か?
また続く。
阿呆よ、聞く気ある?眠くなったろ?
これは メッセージ 52745 (tokagenoheso さん)への返信です.
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