Re: 法の不遡及例外の追加
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2006/02/18 14:12 投稿番号: [51967 / 66577]
広い視野というより、法治とは何ぞやということを正確に認識する必要がある。
>正反の事例をともに提出するつもり<
この公平性を信じましょ。
国内外に関わらず、個人・国家に関わらず、法により統治する際に効力の不遡及が何故必要か?
決まり事などは反すればオシマイではあるが、それでも個人も、国家も、決まりに従うことを約束することが法治の第一歩。
先にワタクシがあげた「猥褻物公示」の例だが、これは故意に法を抜けようという悪意があるため法で裁くのが当然のように見える。しかしそれでも法成立以前に効力は及ばないとしなければならない。
法に従い行為を為すのが「行政」である。実はこの「行政力」の制限、つまり、権力の逸脱を防止することが重要なのである。
警察の捜査権も、税務署の取り立ても、すべて法に従う。事前に明らかな法によらなければ、権力の干渉を受けない。
巨大な企業でも、矮小な個人でも、法の前に行政と言う国家の巨大権力に抗うことが出来る。
そしてそれは万人に平等・公平である。
もし遡及効を認めたとすると、まず法制度自体権力によるところが大きいという事実から、権力の座にある者が自分に都合が悪い行為に対し後付けで禁止法を作り、時系列を遡り行政力を行使する恐れがある。
少なくとも法治国家たらんとするならば、権力者による恐怖政治であると言われないためには、法治の原則、遡及効を禁止しそれに准じていなければならない。
まずこの国内法の例は理解していると思う。
さて国際法であるが、個々人を国家に置き換えれば容易にわかると思うのだが。
ワタクシが再三「力の行使を認めるのか」と問うたのはご記憶にあると思う。そして、「いまだに東京裁判を支持するということは力の行使を未だに認めることである」と言ったことも。
遡及効の陰に隠れているがワタクシが併記しているのが「法の施行の平等」である。法をある者に施行するならば、同様行為には同様に施行されねばならない。
これが破れるということは、法の存在自体が無意味になるということ。国際「法」においても、遡及効の禁止・施行の平等は堅持されなければ「法の法たる意味が無くなる」。
そして既に提示したが、国際法において遡及効の例外があるが、それはあくまでも「例外」であり、また、はっきりとごく一部、ワタクシの例示した「国家・政府の成立」などに限られている。
罰則を伴う刑法的な部分には絶対に遡及効は認められない。
これも求めたはずだが、遡及効禁止の「例外」として、いったいナニがあるのか?概念として罪悪だからとか、悪い行為という認識があるからとか、そのような論拠があるのかどうかを明示せねば、日本を遡及効で断罪したことに理論的な整合性・正当性はない。
しがみつく、などというが、ココにしがみつかねば、法治は成り立たない。感情などでなく、真の平等に近づくには、堅持せねばならない最低の原則なのですよ。
実際の施行に際し、未だに力の行使、権力の横暴で障害があるのは残念な事実。アナタの例示のアメリカの例もそのひとつ。過剰な弱者へのおもねりもある。
さて、もうひとつアナタの例示した点。
「東京裁判につき、アメリカが事後法を問題視したが、却下した」という事実。
この理由きちんと調べましたか?
軍事裁判とは、ハナから勝者と敗者、もしくは指揮官・権力者と一兵卒・被使役者という平等の概念が通じない間で行われるモノなので裁判とは言いつつ「司法」でなく、単に事例処理の「行政」として行われるという見解がある。
行政ならば善悪判断ではなく、事後処理として必要なことを決定すれば良いつまり司法の正義は関係ないので、「東京裁判は行政処理たる軍事裁判」という認識のもと、遡及効の禁止を無視した、と言われております。
司法判断ではない。つまり、正当な法概念に基づく善悪判断・犯罪認定ではないと、アメリカ自らがこの時点で見切りをつけているんですよ。
軍事法廷自体が行政処置として作られたモノなので、事後には当然解散し、司法でないから上訴もあり得ず、上訴するにも司法機関は最初から関与していないので上訴対象が無い。
アナタの例示のことを認めれば、善悪で未だに貶めていることが間違いだとはっきりします。
司法判断ではなく、行政による一施策。「負けたからこれこれを背負え」という「処置」に過ぎない。
司法からの逸脱をアメリカは明確に認識していたのです。
>正反の事例をともに提出するつもり<
この公平性を信じましょ。
国内外に関わらず、個人・国家に関わらず、法により統治する際に効力の不遡及が何故必要か?
決まり事などは反すればオシマイではあるが、それでも個人も、国家も、決まりに従うことを約束することが法治の第一歩。
先にワタクシがあげた「猥褻物公示」の例だが、これは故意に法を抜けようという悪意があるため法で裁くのが当然のように見える。しかしそれでも法成立以前に効力は及ばないとしなければならない。
法に従い行為を為すのが「行政」である。実はこの「行政力」の制限、つまり、権力の逸脱を防止することが重要なのである。
警察の捜査権も、税務署の取り立ても、すべて法に従う。事前に明らかな法によらなければ、権力の干渉を受けない。
巨大な企業でも、矮小な個人でも、法の前に行政と言う国家の巨大権力に抗うことが出来る。
そしてそれは万人に平等・公平である。
もし遡及効を認めたとすると、まず法制度自体権力によるところが大きいという事実から、権力の座にある者が自分に都合が悪い行為に対し後付けで禁止法を作り、時系列を遡り行政力を行使する恐れがある。
少なくとも法治国家たらんとするならば、権力者による恐怖政治であると言われないためには、法治の原則、遡及効を禁止しそれに准じていなければならない。
まずこの国内法の例は理解していると思う。
さて国際法であるが、個々人を国家に置き換えれば容易にわかると思うのだが。
ワタクシが再三「力の行使を認めるのか」と問うたのはご記憶にあると思う。そして、「いまだに東京裁判を支持するということは力の行使を未だに認めることである」と言ったことも。
遡及効の陰に隠れているがワタクシが併記しているのが「法の施行の平等」である。法をある者に施行するならば、同様行為には同様に施行されねばならない。
これが破れるということは、法の存在自体が無意味になるということ。国際「法」においても、遡及効の禁止・施行の平等は堅持されなければ「法の法たる意味が無くなる」。
そして既に提示したが、国際法において遡及効の例外があるが、それはあくまでも「例外」であり、また、はっきりとごく一部、ワタクシの例示した「国家・政府の成立」などに限られている。
罰則を伴う刑法的な部分には絶対に遡及効は認められない。
これも求めたはずだが、遡及効禁止の「例外」として、いったいナニがあるのか?概念として罪悪だからとか、悪い行為という認識があるからとか、そのような論拠があるのかどうかを明示せねば、日本を遡及効で断罪したことに理論的な整合性・正当性はない。
しがみつく、などというが、ココにしがみつかねば、法治は成り立たない。感情などでなく、真の平等に近づくには、堅持せねばならない最低の原則なのですよ。
実際の施行に際し、未だに力の行使、権力の横暴で障害があるのは残念な事実。アナタの例示のアメリカの例もそのひとつ。過剰な弱者へのおもねりもある。
さて、もうひとつアナタの例示した点。
「東京裁判につき、アメリカが事後法を問題視したが、却下した」という事実。
この理由きちんと調べましたか?
軍事裁判とは、ハナから勝者と敗者、もしくは指揮官・権力者と一兵卒・被使役者という平等の概念が通じない間で行われるモノなので裁判とは言いつつ「司法」でなく、単に事例処理の「行政」として行われるという見解がある。
行政ならば善悪判断ではなく、事後処理として必要なことを決定すれば良いつまり司法の正義は関係ないので、「東京裁判は行政処理たる軍事裁判」という認識のもと、遡及効の禁止を無視した、と言われております。
司法判断ではない。つまり、正当な法概念に基づく善悪判断・犯罪認定ではないと、アメリカ自らがこの時点で見切りをつけているんですよ。
軍事法廷自体が行政処置として作られたモノなので、事後には当然解散し、司法でないから上訴もあり得ず、上訴するにも司法機関は最初から関与していないので上訴対象が無い。
アナタの例示のことを認めれば、善悪で未だに貶めていることが間違いだとはっきりします。
司法判断ではなく、行政による一施策。「負けたからこれこれを背負え」という「処置」に過ぎない。
司法からの逸脱をアメリカは明確に認識していたのです。
これは メッセージ 51962 (cobapics0506z さん)への返信です.
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