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Re: 「準常任」なら容認?

投稿者: panda168jp 投稿日時: 2005/11/16 11:42 投稿番号: [46670 / 66577]
>「被害者」である根拠を示せ。<<<

悪ちゃんは相変わらず、大場かですね。(笑)

>通洲事件や上海爆撃その他「中国政府」による蛮行こそが大陸進駐の原因であるのだが。
原因を作った方が被害者か?<<<

こんな原因があったからかも。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-12-09/2004-12-09faq.html
http://www7.ocn.ne.jp/~dgjrkma/new_page_53.htm

{中公文庫『日本の歴史』   第24巻「ファシズムへの道」より

  済南事件と第三次出兵

  済南にいた孫伝芳などの東北軍は、国民政府軍が近づくと一戦も交えず撤退してしまった。そして五月一日には国民政府軍が入城し、二日、蒋の司令部もここに移った。

  その後、蒋介石はただちに日本軍の撤退を要求したが、その交渉の進行中に、日本軍と国民政府軍の小ぜりあいがはじまった。そして三、四両日には小戦闘がくりかえされたが、蒋介石は急ぎ大部分の部隊を済南から撤収し、みずかちも六日には済南から北伐に向かったので、騒動はいちおう終わりをつげた。

  日本軍の死者は十名、在留邦人の犠牲者は十二名というから、そう大した事件ではなかったといっていい。むしろ、このとき日本軍が、国民政府の特派交渉員であった蔡公時をはじめ多くの公署職員を殺害して、中国側の憤激を招いた点のほうが重大であった。

  しかしこの済南事件にたいする田中内閣の措置はまったく血迷っていた。政府は五月八日には早くも第三次出兵をきめ、九日には第三師団に動員令をくだし、青島に出発させた。国内では中国兵の暴虐を誇大に宣伝し、国民の敵愾心を煽動した。そして現地では、中国側にたいし十二時間の期限つきの最後通牒をつきつけたうえ、九日・十日の両日、済南の総攻撃をおこなったのである。ここでは容赦のない砲撃が市民にくわえられたため、中国側は三六〇〇の死者と一四〇〇の負傷者をだし、済南はほとんど壊滅してしまった。
 
  このとき、国民政府軍はすでに済南からの撤退をきめていたのだから、それはまったく南軍膺懲と日本軍の威信発揚のためだけの、無意味な殺戮と破壊であった。

  この事件は四年三月になってようやく外交交渉がすみ、日本軍が撤退することによって解決するのだが、そののこした波紋は大きかった。日本軍の暴虐ぷりは世界に有名になったし、何よりも中国民の排日は、これによって拍車をかけられた。そして蒋介石の対日政策も俄然硬化し、外交部長も親日派の黄郛から親米派の王正廷にかえられた。

  このとき以後、中国はアメリカと結んで排日政策を強化しはじめるのであるが、これこそ無定見で、武力をもてあそぶ以外に能のなかった田中外交の唯一の成果だったのである。}



>ビジネスだからこそ「借りられる」ありがたみが解らんか?
ぱんだが銀行に行って「おう、金貸せや」で借りられると思うのか?
発展も何もわからない時点で金を借りられる事が如何に凄い援助かも理解できない馬鹿なのか。<<<

アホですな。
バブル期に、中国に融資したいという日本ある銀行の支店長が、「お金のことがいいから、技術を紹介してくれるとありがたい」と中国で言われた実話がある。

貸し金融銀行のありがたみは日本人ならよく知っている。

>コレは聞いた事が無いなぁ。<<<

無知だから、知るわけがない。(笑)
頑張って自分で調べてきなよ。
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