>客家といふ切り口
投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/01/26 23:18 投稿番号: [3944 / 66577]
現代中国ライブラリィより抜粋
中国現代史に大きな役割
客 家 ハッカ 。(2003年2月28日作成)
客家とは客人、つまり「よそ者」の意味で、紀元前3世紀の秦の始皇帝の中国統一以来、五胡十六国時代、唐末期、南宋末期、明末期から清初期など、大戦乱と王朝交代の中で何世代にもわたって、北部地域から南下してきた漢民族の末裔。宋代の戸籍で、もとから住んでいた住民を「主」とし、移り住んできた者を「客」と区別したことから呼ばれるようになったといわれる。
現在では、主に福建省や広東省に居住している。外敵から身を守るためにつくられた客家土楼と呼ばれる巨大な円形の共同住居は有名。社会的少数派として生き残るために、団結とハングリー精神をもち、教育熱心でもある。こうした習慣が客家の大きなパワーとなっている。また、客家出身の海外華僑たちがつくった客家幇は、福建幇、広東幇、潮州幇、海南幇とともに海外華僑5大幇(閥)の1つでもある。
中国の近現代史に客家が大きな役割を果たしたことはよく知られている。辛亥革命の指導者では孫文と妻の宋慶齢。共産党の指導者では朱徳、葉剣英、訒小平ら。前台湾総統の李登輝、シンガポールの前・現首相である李光耀(リー・クアンユー)と呉作棟(ゴー・チョクトン)、フィリピン元大統領のコラソン・アキノも客家出身。中国共産党の革命根拠地の多くは客家の居住地に頼った。
また、1971年の香港以来、「世界客家大会」が2年に1度開催されている。台北、シンガポール、クァラルンプールなどでも開催され、海外客家の団結力を見せつけた。大陸でも94年に広東省梅州市、2000年に福建省龍岩市(ともに客家の故郷として知られる)で開催された。これからも中台両岸の和解、統一や中華経済圏の形成などに、客家が果たす役割は大きいかもしれない。
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1971年以降、彼らは現実にない真実のもう一つの中国です。李登輝さんは歴史的に凄い人物です。客家人らしい。台湾の現実を直視している。現状認識の捉え方に優れているし未来の中国統一への指針をはっきりと示している戦略家だ。冷戦時代の方針は反共、現在は民主だ。彼の中国への反抗こそ中国の進むべき指標になっている。
李登輝を知るには信頼関係の厚かった蒋経国を経歴を理解する必要がある。つまり、中国共産党との親縁たる関係を忘れてはいけない。
まぁ、客家人であれば誰氏も知っていることですが・・・。確か1970の万博の年だったかな、私が児童だった頃、台湾でない中国蒋経国総統が来日すると言うので旗振って歓迎した記憶があるな。
データに基づいて書き込んでいるのですが、また、誰かさんに支離滅裂だと言われそうだな。
中国現代史に大きな役割
客 家 ハッカ 。(2003年2月28日作成)
客家とは客人、つまり「よそ者」の意味で、紀元前3世紀の秦の始皇帝の中国統一以来、五胡十六国時代、唐末期、南宋末期、明末期から清初期など、大戦乱と王朝交代の中で何世代にもわたって、北部地域から南下してきた漢民族の末裔。宋代の戸籍で、もとから住んでいた住民を「主」とし、移り住んできた者を「客」と区別したことから呼ばれるようになったといわれる。
現在では、主に福建省や広東省に居住している。外敵から身を守るためにつくられた客家土楼と呼ばれる巨大な円形の共同住居は有名。社会的少数派として生き残るために、団結とハングリー精神をもち、教育熱心でもある。こうした習慣が客家の大きなパワーとなっている。また、客家出身の海外華僑たちがつくった客家幇は、福建幇、広東幇、潮州幇、海南幇とともに海外華僑5大幇(閥)の1つでもある。
中国の近現代史に客家が大きな役割を果たしたことはよく知られている。辛亥革命の指導者では孫文と妻の宋慶齢。共産党の指導者では朱徳、葉剣英、訒小平ら。前台湾総統の李登輝、シンガポールの前・現首相である李光耀(リー・クアンユー)と呉作棟(ゴー・チョクトン)、フィリピン元大統領のコラソン・アキノも客家出身。中国共産党の革命根拠地の多くは客家の居住地に頼った。
また、1971年の香港以来、「世界客家大会」が2年に1度開催されている。台北、シンガポール、クァラルンプールなどでも開催され、海外客家の団結力を見せつけた。大陸でも94年に広東省梅州市、2000年に福建省龍岩市(ともに客家の故郷として知られる)で開催された。これからも中台両岸の和解、統一や中華経済圏の形成などに、客家が果たす役割は大きいかもしれない。
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1971年以降、彼らは現実にない真実のもう一つの中国です。李登輝さんは歴史的に凄い人物です。客家人らしい。台湾の現実を直視している。現状認識の捉え方に優れているし未来の中国統一への指針をはっきりと示している戦略家だ。冷戦時代の方針は反共、現在は民主だ。彼の中国への反抗こそ中国の進むべき指標になっている。
李登輝を知るには信頼関係の厚かった蒋経国を経歴を理解する必要がある。つまり、中国共産党との親縁たる関係を忘れてはいけない。
まぁ、客家人であれば誰氏も知っていることですが・・・。確か1970の万博の年だったかな、私が児童だった頃、台湾でない中国蒋経国総統が来日すると言うので旗振って歓迎した記憶があるな。
データに基づいて書き込んでいるのですが、また、誰かさんに支離滅裂だと言われそうだな。
これは メッセージ 3939 (aki_fumika さん)への返信です.
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