時間があれば(靖国)
投稿者: dream_hydrangea_serrata 投稿日時: 2005/07/09 00:55 投稿番号: [38718 / 66577]
A級戦犯や戦死者は"殉教者"だったの?
国家神道は日本最古の宗教なの?
政治的理由で造られたものじゃないの?
戦争は結局無くならない。
外交の行き着く最終手段として戦争を是認するのなら、戦争は永遠に
犯罪ではない。
たぶん、敗者は罪とされ、勝者は正義とされるだけ。
戦争を世界から抹殺できないけれど、死んでほしくもない。
戦死とは国家による強制力の結果。
であるならば、国家としては戦死者を辱しめるわけにはいかない。
顕彰し慰霊することは最低限度の義務のはず。
このことは日本に限らず、どの国でも同じだと思う。
ただ日本が違うのは、敗者になったということ。
敗者は戦死者を慰霊することは許されても、顕彰することは許されない。
A級戦犯と呼ばれる人たちは、戦場で死んだのではなく裁判の結果
処刑されたのだけれど、戦争の責任を負わされて死んだのだから
戦死者と同等に考えても良いと思う。
もし東条英機が戦場で死んだのなら、A級戦犯とはならなかった
かもしれないけれど彼の成したことはかわらない。
(もっとも死者を裁判にかけるということは十分有り得る話だけれど)
じゃ なぜA級戦犯だけが問題になるの?
それは戦後の秩序とセットだから。
戦後の秩序とは、中国から見れば中国が勝者であり、中国共産党が
勝者への道を切り開いたという歴史的"事実"のこと。
現在の中国はそのことを原点として成り立っている。
そのことは、演繹すればA級戦犯にとどまらない。
現在はA級戦犯だけを問題にしているけれど、本質的には
A級戦犯だけの問題ではない。
全ての戦死者に対して、"慰霊"は許されても、"顕彰"は許されない。
これは歴史問題とリンクしていること。
日本国としては、国家の強制力によって心ならずも戦場で死ななければ
ならなくしてしまった日本人を慰霊することはできても、
顕彰することはできないということ。
つまり国家の命に従った結果、死ななければならなかったのに、
顕彰されずに罪とされるということ。
遺族としては受け入れ難いと思う。
一方で日本国は、公式には反省すべき侵略戦争と位置づけてお詫びを
している。
ここに矛盾があると思う。
国家としての強制力によって死に追いやってしまった人たちに対して、
慰霊するだけで良いの?
慰霊はするけれど、間違っていた、罪だったと言い放つわけ?
顕彰はしないの?
いったい何の冗談?
ふざけるなー!
靖国神社は慰霊だけの場所ではないはず。
靖国神社に参拝するということは、必ず顕彰が伴うはず。
顕彰するということは、大日本帝国を肯定することになるはず。
靖国神社は国家神道であって、記紀の伝統とは直接は関係なく
政治的なもののはず。
だから、日本の伝統とかは関係ない。
そんなごまかしを言うのではなく、国の国民に対する義務として
慰霊と顕彰のために参拝すべきだと思う。
それができないのなら、さっさと別の慰霊施設を造ってそちらに参拝
すればいい。
西遊記 明日借りられるそーでしゅ
おっし 読むじょお☆
国家神道は日本最古の宗教なの?
政治的理由で造られたものじゃないの?
戦争は結局無くならない。
外交の行き着く最終手段として戦争を是認するのなら、戦争は永遠に
犯罪ではない。
たぶん、敗者は罪とされ、勝者は正義とされるだけ。
戦争を世界から抹殺できないけれど、死んでほしくもない。
戦死とは国家による強制力の結果。
であるならば、国家としては戦死者を辱しめるわけにはいかない。
顕彰し慰霊することは最低限度の義務のはず。
このことは日本に限らず、どの国でも同じだと思う。
ただ日本が違うのは、敗者になったということ。
敗者は戦死者を慰霊することは許されても、顕彰することは許されない。
A級戦犯と呼ばれる人たちは、戦場で死んだのではなく裁判の結果
処刑されたのだけれど、戦争の責任を負わされて死んだのだから
戦死者と同等に考えても良いと思う。
もし東条英機が戦場で死んだのなら、A級戦犯とはならなかった
かもしれないけれど彼の成したことはかわらない。
(もっとも死者を裁判にかけるということは十分有り得る話だけれど)
じゃ なぜA級戦犯だけが問題になるの?
それは戦後の秩序とセットだから。
戦後の秩序とは、中国から見れば中国が勝者であり、中国共産党が
勝者への道を切り開いたという歴史的"事実"のこと。
現在の中国はそのことを原点として成り立っている。
そのことは、演繹すればA級戦犯にとどまらない。
現在はA級戦犯だけを問題にしているけれど、本質的には
A級戦犯だけの問題ではない。
全ての戦死者に対して、"慰霊"は許されても、"顕彰"は許されない。
これは歴史問題とリンクしていること。
日本国としては、国家の強制力によって心ならずも戦場で死ななければ
ならなくしてしまった日本人を慰霊することはできても、
顕彰することはできないということ。
つまり国家の命に従った結果、死ななければならなかったのに、
顕彰されずに罪とされるということ。
遺族としては受け入れ難いと思う。
一方で日本国は、公式には反省すべき侵略戦争と位置づけてお詫びを
している。
ここに矛盾があると思う。
国家としての強制力によって死に追いやってしまった人たちに対して、
慰霊するだけで良いの?
慰霊はするけれど、間違っていた、罪だったと言い放つわけ?
顕彰はしないの?
いったい何の冗談?
ふざけるなー!
靖国神社は慰霊だけの場所ではないはず。
靖国神社に参拝するということは、必ず顕彰が伴うはず。
顕彰するということは、大日本帝国を肯定することになるはず。
靖国神社は国家神道であって、記紀の伝統とは直接は関係なく
政治的なもののはず。
だから、日本の伝統とかは関係ない。
そんなごまかしを言うのではなく、国の国民に対する義務として
慰霊と顕彰のために参拝すべきだと思う。
それができないのなら、さっさと別の慰霊施設を造ってそちらに参拝
すればいい。
西遊記 明日借りられるそーでしゅ
おっし 読むじょお☆
これは メッセージ 38703 (suruganoturutarou さん)への返信です.
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