日本とドイツの戦後処理 3
投稿者: buretutennou 投稿日時: 2005/06/11 00:32 投稿番号: [36476 / 66577]
過去の体験とその結果である現状に積極的にコミットしていかないから、『ぼくたちの戦後責任と平和思想』でも述べたように、戦争を放棄した平和憲法をもちながら世界第2位?の軍事力をもつ軍事大国になるというおかしな状況を生み出し、国民はそのことにさしたる疑問を持っていないわけである。
第三に、日本とドイツの地理的・経済的な条件の違いが考えられる。
ドイツの場合、ヨーロッパ大陸の中での民族の移動の歴史をもち、通商でも文化や国民の交流でも陸つづきの近隣諸国との往来が国家や社会を運営するうえで不可欠だった。したがって、ナチスが犯した犯罪の償いをきちんとしないと、周辺国家に仲間としてまともに迎え入れてもらえなかった。戦後国家として生きていくためには、戦争責任を認めることと戦争の清算が不可欠だった。
これに反して日本の場合は、島国であり、敗戦直後は侵略や殖民をつづけた東アジアや東南アジアの諸国との通商も人的な交流も、戦後復興には不可欠ではなかった。周囲の国はみな貧しい開発途上国であり、その上まだ内戦を続けていた国が多く、そういう国々にかかわっていては、日本の戦後復興の妨げになれ、プラスにはならなかった。
また、冷戦の進行もあり、アメリカの世界戦略の中で、日本は防共の砦と位置付けられ、経済復興を援助する代わりに、いわばアメリカの前線基地化された。アメリカの属国となり、アメリカにぶら下がっていれば、復興が進む状況にあった。
日本人の無責任体質と主体性のなさが下地にあり、そのうえ戦争責任に目をつぶり、口を拭っていてもいいという願ってもない状況にあったわけだ。
それが現在も、アメリカにまともにものを言うことができず、アジアからはいつまでも信頼されない日本という国の性格を大きく形づくっている。
これは メッセージ 36475 (buretutennou さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/36476.html