反日教育係りのwmbyq010 氏
投稿者: voicemam 投稿日時: 2005/02/28 23:16 投稿番号: [25324 / 66577]
反日教育係りのwmbyq010 さんはじめまして
「出語 不遜!」だよ全く。
どこの国も、ある程度の残虐行為は当然ある。
それらは教育されてない下級兵士に良くあることだ!しかし、それを文化として
古代から継承している恐るべき国もある。
>日本が起こした侵略戦争は中国に大きな被害をあたえた。最近中国側は、抗日戦争での中国人死傷者数を三五○○万人という公式見解をとっている。藤原彰は、日本軍による南京大虐殺よりも残虐行為・犠牲者数が「深刻で、しかも規模が比較にならないくらい大きいのが、華北の共産党軍根拠地にたいして、日本軍が行った燼滅掃蕩作戦である」と述べている[i]。<
wmbyq010氏は鬼の首をこれぞとばかりに、取ったように投稿している。
このように、挙句の果ては南京大虐殺の
妄想色が濃いく立証されかかれば、別件の日本軍による事象を持ち出すシナ人の”水の中に落ちて溺れる犬を棒で叩く”という腐れた根性丸出しには頭が下がる。
実は彼らの空言は自国の自画像であることなんだ。
中国こそ虐殺は伝統文化であり、戦争で欠かすことの出来ない中国軍の習慣でもあるり、英気を高めるものでもあるのだ。
中国では、もし部下に住民への虐殺や略奪を許さない将軍など将兵がいれば、名将になれないどころか逆に部下に逆襲されるであろう。
中国兵士の戦争形態が虐殺、略奪中心であったことは、言うまでもない!
中国兵士の戦争形態が虐殺、略奪、焼き討ち、中心であったことは、台湾史のうえでも見られることだ。
日本でも国姓爺として親しまれている鄭成功などは、オランダから台湾を奪うべく、軍を卒いて侵入するや、オランダ軍への攻撃のほかに、原住民に対する虐殺、焼き討ち、略奪に明け暮れ、その後台湾が清の支配下に入ると、清国軍が駐留してきた。これは満蒙八旗軍でなく、湖南人、広東人などを中心とした漢人歩兵部隊の緑営だった。
日清戦争後、台湾接収のため日本軍が北部に上陸すると、日台間で戦闘が開始されたが、この時緑営は最初の交戦で部隊が敗退したと聞かされただけで総崩れになり、台北城内の緑営は住民を守らないどころか急遽、虐殺、略奪、焼き討ちに転じた。当時彼らには教養も勿論元々自分達の尊厳などプライドもない、寄せ集めの民兵ごときだった。
そもそも中国兵の略奪は戦争に勝った時よりも負けたときに行われることが多い。
そこで城民は生命と財産を守るため、逆に治安維持軍として日本軍を城内にいれたのである。
さらに日本軍が南台に接近すると、やはりここでも緑営は同様の行動に出たため、日本軍は歓迎されて無血入城している。
歴史は繰り返す。
このような中国人文化がふたたび台湾人を襲ったのは、戦後間もない時に発生した二・二八事件である。中国軍は新領地の台湾を完全制圧するため、まず行ったのが住民に対する無差別虐殺である。
戦時中でもないにもかかわらず、「清郷」で村つぶしを行い、そして社会各界のリーダーであるエリートたちを逮捕、虐殺した。野蛮人ほどエリートほど邪魔でこわいものはないからだ。
「南京小虐殺」の「目撃者」で語られる日本軍の虐殺の様は、どれも中国軍独特の虐殺様式となっている。
例えば南京虐殺の記念館の展示が語る「暴行」のうち、日本兵が中国人の肝を食べるといったようなものは、日本人には絶対不可能なことであるばかりでなく、まぎれもなく中国兵の戦争慣習なのだ。戦場で倒れた兵士(戦友でもお構いなし)の肝を薬用にすることは李時珍の不朽の大著「本草網目」にもある通りだ。 同書の「人の部」には薬用に出来るものとして肝だけでなく、内臓、肉、血など二十四項目が挙げられている。
人の肝は中国人の大好物だ。
親孝行のため肝を割って食べさせるとか、忠義のために肝を提供したいとかいった話が「孝義伝」「忠義伝」に多く見られる。
中国が創作した日本軍の「大虐殺」「三光作戦」「万人坑」などは、すべて日本ではなく中国の文化が反映されたものである。
ちなみに、虐殺した死体を大量に投げ捨てたとされる「万人坑」などは、古代よりの中国の武将が自らの功績を記念して作った「京観」から来るものだ。
中国軍には従軍カメラマンが少なく、その「戦記」が語るものも殆んど伝聞だ。
日本軍の暴行とされるものは、中国の文人が中国史の知識をもって類推して創出したものがほとんどなのだ。
そのことは中国人経験を嫌と云うほど味合わされた台湾人がもっともよく知っているはずだ。
そんな野蛮文化のある中国人や同胞たちが奇妙にも日本軍将兵はなぜ残虐行為をしたかをほざき宣伝に熱意を表しているのには、さすがにビックリした。
(黄文雄 著書 一部引用)
「出語 不遜!」だよ全く。
どこの国も、ある程度の残虐行為は当然ある。
それらは教育されてない下級兵士に良くあることだ!しかし、それを文化として
古代から継承している恐るべき国もある。
>日本が起こした侵略戦争は中国に大きな被害をあたえた。最近中国側は、抗日戦争での中国人死傷者数を三五○○万人という公式見解をとっている。藤原彰は、日本軍による南京大虐殺よりも残虐行為・犠牲者数が「深刻で、しかも規模が比較にならないくらい大きいのが、華北の共産党軍根拠地にたいして、日本軍が行った燼滅掃蕩作戦である」と述べている[i]。<
wmbyq010氏は鬼の首をこれぞとばかりに、取ったように投稿している。
このように、挙句の果ては南京大虐殺の
妄想色が濃いく立証されかかれば、別件の日本軍による事象を持ち出すシナ人の”水の中に落ちて溺れる犬を棒で叩く”という腐れた根性丸出しには頭が下がる。
実は彼らの空言は自国の自画像であることなんだ。
中国こそ虐殺は伝統文化であり、戦争で欠かすことの出来ない中国軍の習慣でもあるり、英気を高めるものでもあるのだ。
中国では、もし部下に住民への虐殺や略奪を許さない将軍など将兵がいれば、名将になれないどころか逆に部下に逆襲されるであろう。
中国兵士の戦争形態が虐殺、略奪中心であったことは、言うまでもない!
中国兵士の戦争形態が虐殺、略奪、焼き討ち、中心であったことは、台湾史のうえでも見られることだ。
日本でも国姓爺として親しまれている鄭成功などは、オランダから台湾を奪うべく、軍を卒いて侵入するや、オランダ軍への攻撃のほかに、原住民に対する虐殺、焼き討ち、略奪に明け暮れ、その後台湾が清の支配下に入ると、清国軍が駐留してきた。これは満蒙八旗軍でなく、湖南人、広東人などを中心とした漢人歩兵部隊の緑営だった。
日清戦争後、台湾接収のため日本軍が北部に上陸すると、日台間で戦闘が開始されたが、この時緑営は最初の交戦で部隊が敗退したと聞かされただけで総崩れになり、台北城内の緑営は住民を守らないどころか急遽、虐殺、略奪、焼き討ちに転じた。当時彼らには教養も勿論元々自分達の尊厳などプライドもない、寄せ集めの民兵ごときだった。
そもそも中国兵の略奪は戦争に勝った時よりも負けたときに行われることが多い。
そこで城民は生命と財産を守るため、逆に治安維持軍として日本軍を城内にいれたのである。
さらに日本軍が南台に接近すると、やはりここでも緑営は同様の行動に出たため、日本軍は歓迎されて無血入城している。
歴史は繰り返す。
このような中国人文化がふたたび台湾人を襲ったのは、戦後間もない時に発生した二・二八事件である。中国軍は新領地の台湾を完全制圧するため、まず行ったのが住民に対する無差別虐殺である。
戦時中でもないにもかかわらず、「清郷」で村つぶしを行い、そして社会各界のリーダーであるエリートたちを逮捕、虐殺した。野蛮人ほどエリートほど邪魔でこわいものはないからだ。
「南京小虐殺」の「目撃者」で語られる日本軍の虐殺の様は、どれも中国軍独特の虐殺様式となっている。
例えば南京虐殺の記念館の展示が語る「暴行」のうち、日本兵が中国人の肝を食べるといったようなものは、日本人には絶対不可能なことであるばかりでなく、まぎれもなく中国兵の戦争慣習なのだ。戦場で倒れた兵士(戦友でもお構いなし)の肝を薬用にすることは李時珍の不朽の大著「本草網目」にもある通りだ。 同書の「人の部」には薬用に出来るものとして肝だけでなく、内臓、肉、血など二十四項目が挙げられている。
人の肝は中国人の大好物だ。
親孝行のため肝を割って食べさせるとか、忠義のために肝を提供したいとかいった話が「孝義伝」「忠義伝」に多く見られる。
中国が創作した日本軍の「大虐殺」「三光作戦」「万人坑」などは、すべて日本ではなく中国の文化が反映されたものである。
ちなみに、虐殺した死体を大量に投げ捨てたとされる「万人坑」などは、古代よりの中国の武将が自らの功績を記念して作った「京観」から来るものだ。
中国軍には従軍カメラマンが少なく、その「戦記」が語るものも殆んど伝聞だ。
日本軍の暴行とされるものは、中国の文人が中国史の知識をもって類推して創出したものがほとんどなのだ。
そのことは中国人経験を嫌と云うほど味合わされた台湾人がもっともよく知っているはずだ。
そんな野蛮文化のある中国人や同胞たちが奇妙にも日本軍将兵はなぜ残虐行為をしたかをほざき宣伝に熱意を表しているのには、さすがにビックリした。
(黄文雄 著書 一部引用)
これは メッセージ 25293 (wmbyq010 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/25324.html