証拠写真云々
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2005/02/23 01:58 投稿番号: [24863 / 66577]
「証言」だけで有罪判決は出ません。
なぜか?
そこに「感情・主観」が入るからです。
仮に「中国人にひどい目にあった」と、ワタクシが主張したらそのまま裁判所は採用するとお思いですか?
証言は参考であり、そこを元に客観的な証拠で裏付ける必要があります。
ただし、ワタクシはここでも何度も言っておりますが、個々人の悲劇的状況が戦争においてあったことは認識しています。
よって、証言が「絶対に嘘」だとは言いません。
しかし、戦争においては民間人の巻き添えや誤爆含め、「悲惨な状況」は「当然のこと」であり、戦争自体の「是非」とは無関係です。
命を落とした、怪我をした、財産を失った、そういう「個々人の悲劇的状況」を戦争の善悪や国家の犯罪に直結させる考え方は理性的とは言えません。
ちょっと回り道をしました。
南京の証拠写真の件。
「一部の証拠」と言いますが、「南京に関わる写真」のなかで「証拠として使われている写真」140数点なんですが。
そして問題は著述者も言っていることなんですが、彼らは南京の是非ではなく、写真自体の証拠能力を検証したことと言っています。
「なんで捏造写真を使ってまで日本を非難する必要があったか?」
さらに
「その写真をいまだに繰り返し提示し、日本非難を続けるのはなぜか?」
この本の発表と前後して、「混乱のあった南京で写真などあるほうがおかしい」という「意見」が数名から上がったことにも注目いただきたく。
それまでは、過去ログを見ていただければわかりますが、何度もその「捏造写真再利用」のHPを提示し、日本は悪いと連呼していた方がいましたが。
証拠をきちんと検証せず非難してきたをの態度対応がおかしいと指摘しているのです。
そんな証拠で決め付けられた「日本悪し」には、承服しかねると。
さらに日本政府の「沈黙」は、中韓の猛烈な抗議や「一般感情」へのまさに「配慮」の結果です。
それをして「日本悪し」決定の根拠とはお笑いです。
それが「国際基準」では承服の意味だと言うなら政府の対応が間違いです。現在修正されつつあるのはご覧になればわかるでしょう。
アナタが歴史の不見識を正さねばと思うなら、ワタクシたちは同じように「教育を疑え」「先祖の誇りを取り戻せ」と言い続けるまでです。
そしてすでに国を挙げて血税を投入し政治家が頭を下げ「謝罪・保証」は十分に行いました。ナニが「証明」されても、これ以上卑屈になる必要はありません。
そのうえで、その賠償を「取り返す」ことなど求めているのではなく、「間違いは間違い」「不当な貶めは否定」「先祖の名誉と誇りを回復」しようとしているだけです。
現在よくある「虐殺肯定・追認」HPの根拠を丁寧に否定したHPはありますが、それをさらに覆したHPはなかなかお目にかかれません。否定された証拠の再掲がほとんどです。
戦争被害への反省表明は「敗戦国」ゆえ仕方ないでしょうね。
繰り返しますが、日本政府の「沈黙」は、「外圧」および国内の左派勢力に配慮の結果です。
ましてそれを報道する「マスコミ」も基本的な教育現場も「サヨク」の強い環境です。
日本にそこまで理解が深いなら、その辺はすぐにわかるはずですが。
それでもあえて日本政府の態度をそのまま「歴史の真実」と言うのは、「中国サイドのプロパガンダ」そのものだと思います。
正当な作戦として殺人行動を「強制」されたら、その人は後悔にさいなまれ必要以上に自虐的になりませんか?
「いい人」であるほど、心ならずも人の命を奪った、そのことに罪悪感を持つのでは?
しかしその罪悪感は、戦争の是非・作戦の妥当性とは無縁でしょう。
殺人は悪という一般論をしきりに日本(軍)の行為への非難に結びつける不当さ、そのあたりの理不尽さを理解いただければ。
ワタクシは少なくとも「受けた教育や世論」を疑ってここまで来ました。
そして日本にも理ありとは思いますが、中国側の「捏造」「プロパガンダ」含め、その行動は否定も非難もいたしません。国策上必要なんだな、と思います。
(内容は検証するべきですが)
一度「教育」「常識」を疑い、「日本にひょっとしたら理ありでは?」程度からお調べになってはいかがでしょうか?
ワタクシのスタンスは過去ログ参照のこと。日本すべて良し、とも思っておりません。
なぜか?
そこに「感情・主観」が入るからです。
仮に「中国人にひどい目にあった」と、ワタクシが主張したらそのまま裁判所は採用するとお思いですか?
証言は参考であり、そこを元に客観的な証拠で裏付ける必要があります。
ただし、ワタクシはここでも何度も言っておりますが、個々人の悲劇的状況が戦争においてあったことは認識しています。
よって、証言が「絶対に嘘」だとは言いません。
しかし、戦争においては民間人の巻き添えや誤爆含め、「悲惨な状況」は「当然のこと」であり、戦争自体の「是非」とは無関係です。
命を落とした、怪我をした、財産を失った、そういう「個々人の悲劇的状況」を戦争の善悪や国家の犯罪に直結させる考え方は理性的とは言えません。
ちょっと回り道をしました。
南京の証拠写真の件。
「一部の証拠」と言いますが、「南京に関わる写真」のなかで「証拠として使われている写真」140数点なんですが。
そして問題は著述者も言っていることなんですが、彼らは南京の是非ではなく、写真自体の証拠能力を検証したことと言っています。
「なんで捏造写真を使ってまで日本を非難する必要があったか?」
さらに
「その写真をいまだに繰り返し提示し、日本非難を続けるのはなぜか?」
この本の発表と前後して、「混乱のあった南京で写真などあるほうがおかしい」という「意見」が数名から上がったことにも注目いただきたく。
それまでは、過去ログを見ていただければわかりますが、何度もその「捏造写真再利用」のHPを提示し、日本は悪いと連呼していた方がいましたが。
証拠をきちんと検証せず非難してきたをの態度対応がおかしいと指摘しているのです。
そんな証拠で決め付けられた「日本悪し」には、承服しかねると。
さらに日本政府の「沈黙」は、中韓の猛烈な抗議や「一般感情」へのまさに「配慮」の結果です。
それをして「日本悪し」決定の根拠とはお笑いです。
それが「国際基準」では承服の意味だと言うなら政府の対応が間違いです。現在修正されつつあるのはご覧になればわかるでしょう。
アナタが歴史の不見識を正さねばと思うなら、ワタクシたちは同じように「教育を疑え」「先祖の誇りを取り戻せ」と言い続けるまでです。
そしてすでに国を挙げて血税を投入し政治家が頭を下げ「謝罪・保証」は十分に行いました。ナニが「証明」されても、これ以上卑屈になる必要はありません。
そのうえで、その賠償を「取り返す」ことなど求めているのではなく、「間違いは間違い」「不当な貶めは否定」「先祖の名誉と誇りを回復」しようとしているだけです。
現在よくある「虐殺肯定・追認」HPの根拠を丁寧に否定したHPはありますが、それをさらに覆したHPはなかなかお目にかかれません。否定された証拠の再掲がほとんどです。
戦争被害への反省表明は「敗戦国」ゆえ仕方ないでしょうね。
繰り返しますが、日本政府の「沈黙」は、「外圧」および国内の左派勢力に配慮の結果です。
ましてそれを報道する「マスコミ」も基本的な教育現場も「サヨク」の強い環境です。
日本にそこまで理解が深いなら、その辺はすぐにわかるはずですが。
それでもあえて日本政府の態度をそのまま「歴史の真実」と言うのは、「中国サイドのプロパガンダ」そのものだと思います。
正当な作戦として殺人行動を「強制」されたら、その人は後悔にさいなまれ必要以上に自虐的になりませんか?
「いい人」であるほど、心ならずも人の命を奪った、そのことに罪悪感を持つのでは?
しかしその罪悪感は、戦争の是非・作戦の妥当性とは無縁でしょう。
殺人は悪という一般論をしきりに日本(軍)の行為への非難に結びつける不当さ、そのあたりの理不尽さを理解いただければ。
ワタクシは少なくとも「受けた教育や世論」を疑ってここまで来ました。
そして日本にも理ありとは思いますが、中国側の「捏造」「プロパガンダ」含め、その行動は否定も非難もいたしません。国策上必要なんだな、と思います。
(内容は検証するべきですが)
一度「教育」「常識」を疑い、「日本にひょっとしたら理ありでは?」程度からお調べになってはいかがでしょうか?
ワタクシのスタンスは過去ログ参照のこと。日本すべて良し、とも思っておりません。
これは メッセージ 24860 (atiejapan さん)への返信です.
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