>ヒルトンnihaoさまの“議論”の仕組み
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2005/02/21 19:29 投稿番号: [24735 / 66577]
24597 nihaoさまに対するMishi Mishiの分析
>・・という議論をしている場合、あなたが「・・」と言ったのに対して、
“ヒルトン”nihaoは、すかさず・・
1:事実に対して仮定を持ち出す
「・・」
〜15:「・・」。
いろいろ、分析してくれて、ありがとね。折角だから、15個で終わらず、48個まで書いてくれたらよかったのに。
nihao「48手」として使えたろうから・・・。
ボクの友達が飼っているペットのワン(犬)ちゃんは、名前を「ボンちゃん」という。
友達が言うには「うちの‘ボンちゃん’は、自分のことを、どうも犬だと気づいていないようだ・・」とのこと。
生まれてこの方、ボンちゃんは、自分が犬だと教えられたこともないし、人間以下の存在として差別されたこともないし、「かわいい、かわいい」で大事に育てられているし、時に、奥さんでさえ受けたことのないような濃密な情愛を享受しながら成長したのだから、ボンちゃんがそう考えるのも当然のこと。
自分のことを犬だと知らず、犬であるとは信じておらず、自分が人間以下とは思いもよらず、尻尾(しっぽ)も持たない彼の飼い主を「情けない変なヤツ」とさえ思っている・・そんなイヌならぬ犬は確かに存在するのだ。
自分が犬だと思わぬ犬は「犬に非ず」というべきか?
さりとて、犬はやっぱりイヌだから、イヌと呼んでやるべきか?
犬にして犬にあらず、人にして人に非ず
犬でもなく人でもない・・そんな存在なら、自ずから哺乳類でもありえまい。
こう云う問答は、これこそ哲学でありますかのう?
それがしnihaoが、オノレを人ならぬ神と信じ、Mishi Mishiが、この我を人ならぬ神と崇めるならば、我はもとより人に非ず、哺乳類とは申せまいのう。
我は、果たしてなんじゃらほい?
ボンちゃんのことから、ここまで考えてしまうワシの頭は、確かにおかしいなあ。この点は、認めるよ。
これは メッセージ 24597 (Mishi_Mishi_01 さん)への返信です.
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