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ドイツのラーべ日記について(2)

投稿者: natsumesouseki_hk 投稿日時: 2004/11/22 00:36 投稿番号: [15874 / 66577]
十二月十六日

『武装解除した中国人兵士がまた数百人、安全区から連れ出され、銃殺されたという。そのうち、五十人は安全区の警察官だった。兵士を安全区に入れたというかどで処刑されたという。(中略)あたりー帯は文字どおり死屍累々だ。日本軍が手を貸さないので、死体はいっこうに片づかない。安全区の管轄下にある紅卍字会(民間の宗教的慈善団体)が手を出すことは禁止されている。銃殺する前に、中国人元兵士に死体の片づけをさせる場合もある。我々外国人はショックで体がこわばってしまう。いたるところで処刑が行われている』

『女の人や子どもたちが大ぜい、庭の芝生にうずくまっている。目を大きく見開き、恐怖のあまり口もきけない。そして、互いによりそって体を温めたり、はげましあったりしている。この人たちの最大の希望は、私が「外国の悪魔」日本兵という悪霊を追い払うことなのだ』

十二月十七日
『アメリカの誰かがこんなふうに言った。「安全区は日本兵用の売春宿になった」。当たらずといえども遠からずだ。昨晩は千人も暴行されたという。金陵女子文理学院だけでも百人以上の少女が被害にあった。いまや耳にするのは強姦につぐ強姦。夫や兄弟が助けようとすればその場で射殺。見るもの聞くもの、日本兵の残忍で非道な行為だけ』

国際委員会のメンバTは十人足らず。武装した日本兵が日夜を分かたず南京の全域で犯し続ける蛮行の前では、あまりにも無力だった。しかし、日本の同盟国であるドイツ人、しかも熱烈なナチ党員であるラーべに対しては日本兵も些かの「敬意」を払ったようだ。

『アメリカ人の苦労にひきかえ、私の場合、たいていは「ドイツ人だぞ!」あるいは「ヒトラー!」と叫ぶだけで よかった。すると日本兵はおとなしくなるからだ』

十ニ月十八日
『私が家にいるかぎりは、問題はなかった。やつらはヨーロッパ人に対してはまだいくらか敬意を抱いている。だが、中国人に対してはそうではなかった。兵士が押し入ってきた、といっては、絶えず本部に呼び出しがあった。そのたびに近所の家に駆けつけた。日本兵をニ人、奥の部屋から引きずり出したこともあった』

十八時
『危機一髪。日本兵がニ人、塀を乗り越えて入りこんでいた。なかのー人はすでに軍服を脱ぎ捨て、銃剣をほうり出し、難民の少女におそいかかっていた。私はこいつをただちにつまみ出した。もうー人は、逃げようとして塀をまたいでいた
ので、軽く突くだけで用は足りた』

『わが家のたった五百平方メートルほどの庭や裏庭にも難民は増えるいっぽうだ。三百人くらいいるだろうか。私の家がー番安全だということになっているらしい。私が家にいるかぎり、確かにそういえるだろう。そのたびに日本兵を追い払うからだ。だが留守のときはけっして安全ではなかった』

十二月十九日 十八時
『日本兵が六人、塀を乗り越えて庭に入っていた。門扉を内側から開けようとしている。なかのひとりを懐中電灯で照らすと、ピストルを取り出した。だが、大声で怒鳴りつけ、ハーケンクロイツ腕章を鼻先に突きつけると、すぐにひっとめた。全員また塀を乗り越えて戻っていくことになった。おまえらにはそれで十分だ。なにも扉を開けてやることはない』

十二月二十一日
『日本軍が街を焼きはらっているのはもはや疑う余地はない。たぶん略奪や強奪の跡を消すためだろう』

『アメリカ人は非常に苦労している。私の場合、ハーケンクロイツの腕章やナチ党バッジ、家と車のドイツ国旗をこれ見よがしにつきつければ、いちおうのききめはあったが、アメリカ国旗となると日本兵は歯牙にもかけない』

国際委員会のメンバーの目の届かぬところで、殺戮は繰り返された。結果、安全区の中にも凄まじい数の死体が転がることになる。

十二月二十二日
『仲間と安全区の中を片づけていたら、市民の死体がたくさん沼に浮かんでいるのをみつけた(たったーつの沼だけで三十体あった)。ほとんどは手をしばられている。中には首のまわりに石をぶら下げられている人もいた』
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