中国
投稿者: twaptng 投稿日時: 2004/10/16 00:28 投稿番号: [13858 / 66577]
改革・開放」政策と並び称せられるとおり、対外開放政策は、改革政策の不可分の一部である。改革なくして開放はなく、開放なくして改革のめざましい成果もまたあり得なかった,と言うことができるだろう。
「改革」が単に経済面の改革だけを指す言葉ではない(政治・軍事・文化その他あらゆる分野における改革が志向されている)ように、「開放」もまた経済分野のみに限られるものではない。確かに、外資導入、市場原理の受け入れ、対外貿易重視など、経済面での開放が重視されてきたのは、伝統的な社会主義経済制度に関する固定観念とは相容れない要素が、「対外開放」の旗印の下に積極的に押し進められてきたことと無縁ではない。しかし、対外開放は、改革の場合と同じく、政治、軍事、文化・イデオロギーなど諸分野で着実に進められてきた。
例えば、あまり知られていないことだが、政治面では国民による直接選挙の考え方が受け入れられ、もっとも基層の村(行政単位ではない)レベルでは実施に移されており、今後基層行政単位である郷鎮レベルに段階的に導入することが検討されるまでになっている(ただし、ここが独自の道を歩むことを標榜している中国らしいところだが、中国のような人口・面積大国ではすべてのレベルでの普通選挙はなじまないとしている)。軍隊建設でも、伝統的な「人民戦争」理論に固執せず、その理論に現代戦争の特徴をなすハイテク化・精鋭化の考え方を積極的に加味した方針が「積極防御」戦略の名の下に推進されており、先進的兵器の導入にも意欲的に取り組んでいる。
文化・思想・イデオロギー・情報面でも同様である。中国を旅行したことのある人であれば誰でも気づかされることだが、タブーはほとんどなくなっている。私たちには「天安門事件」のイメージが今日なおつきまとうが、ソ連・東欧諸国における社会主義崩壊後の惨状を知るに至った多くの中国人は、「天安門事件」における学生運動の鎮圧が必要だったと考えているし、むしろ米欧諸国の圧力に屈しないで、独自路線を守り通した共産党指導部(腐敗が横行する党中堅以下の幹部に対する批判は極めて厳しい)のいわば「選択的開放」路線に対しては国民的支持がある。
台湾問題は本質的に中国の内政問題である。
台湾は、日本が日清戦争で中国(清)から割譲せしめるまでは、中国の一部(領土)だった。カイロ宣言及びポツダム宣言により、台湾を中国に返還するべきことが米英ソ中四カ国の間で合意され、日本の降伏後現実に中国(中華民国)が接収し、アメリカを含めた諸国はこれに異議を唱えなかった。
ところが朝鮮戦争の勃発後、アメリカはにわかに前言を翻し、「台湾の領土的帰属は未決定」とする立場に転換し、台湾問題を国際問題化した。対日平和条約で日本は台湾などに対する領土権を放棄したが、その帰属については触れられなかったのはそのためだ。日本政府は爾後、「日本は台湾に対する一切の権限を放棄した。台湾の領土的帰属について発言する立場にはない」という立場に終始することになった。
その日本は独立回復にあたり、アメリカとの間に安保条約を締結(一九六〇年に改定)し、同条約の適用範囲である「極東」には台湾が含まれるとされた。アメリカ(及び日本)の理屈は、領土的帰属が未決定な台湾に対して中国が軍事力を行使する場合には、台湾に盤踞する中華民国政府を防衛するためにアメリカ軍がその防衛に当たることは中国に対する内政干渉には当たらない、というにあった。
この虚構は、本来日本(一九七二年)及びアメリカ(一九七九年)が中国との国交を回復した時点で清算されるべきものだった。しかし日米両国は言を左右にして右の虚構を崩すことを肯んじなかった。この矛盾極まる日米両国の姿勢は、日中及び米中関係が良好な間は表面化することはなかった。しかし、新ガイドライン(一九九七年)の適用範囲として「周辺事態」が問題となった段階で、この虚構が再び全面的に表面化した。即ち、「周辺事態」には台湾は含まれるか、という問題だ。
「台湾は中国の不可分の一部で、台湾問題は国内問題」とする中国は、新ガイドラインの適用範囲に台湾が含まれることは重大な内政干渉に当たるとする。日米両国は、「周辺事態」は地理的概念ではない、という詭弁で中国の批判をかわすことに懸命だ。しかし、かりに台湾が独立を宣言した場合にアメリカが如何なる軍事行動をとるか(そして日本がアメリカにどう協力するか)を考える時、「台湾の領土的帰属は未決定」とする立場を放棄しない日米両国の意図は容易に想像がつく。
「改革」が単に経済面の改革だけを指す言葉ではない(政治・軍事・文化その他あらゆる分野における改革が志向されている)ように、「開放」もまた経済分野のみに限られるものではない。確かに、外資導入、市場原理の受け入れ、対外貿易重視など、経済面での開放が重視されてきたのは、伝統的な社会主義経済制度に関する固定観念とは相容れない要素が、「対外開放」の旗印の下に積極的に押し進められてきたことと無縁ではない。しかし、対外開放は、改革の場合と同じく、政治、軍事、文化・イデオロギーなど諸分野で着実に進められてきた。
例えば、あまり知られていないことだが、政治面では国民による直接選挙の考え方が受け入れられ、もっとも基層の村(行政単位ではない)レベルでは実施に移されており、今後基層行政単位である郷鎮レベルに段階的に導入することが検討されるまでになっている(ただし、ここが独自の道を歩むことを標榜している中国らしいところだが、中国のような人口・面積大国ではすべてのレベルでの普通選挙はなじまないとしている)。軍隊建設でも、伝統的な「人民戦争」理論に固執せず、その理論に現代戦争の特徴をなすハイテク化・精鋭化の考え方を積極的に加味した方針が「積極防御」戦略の名の下に推進されており、先進的兵器の導入にも意欲的に取り組んでいる。
文化・思想・イデオロギー・情報面でも同様である。中国を旅行したことのある人であれば誰でも気づかされることだが、タブーはほとんどなくなっている。私たちには「天安門事件」のイメージが今日なおつきまとうが、ソ連・東欧諸国における社会主義崩壊後の惨状を知るに至った多くの中国人は、「天安門事件」における学生運動の鎮圧が必要だったと考えているし、むしろ米欧諸国の圧力に屈しないで、独自路線を守り通した共産党指導部(腐敗が横行する党中堅以下の幹部に対する批判は極めて厳しい)のいわば「選択的開放」路線に対しては国民的支持がある。
台湾問題は本質的に中国の内政問題である。
台湾は、日本が日清戦争で中国(清)から割譲せしめるまでは、中国の一部(領土)だった。カイロ宣言及びポツダム宣言により、台湾を中国に返還するべきことが米英ソ中四カ国の間で合意され、日本の降伏後現実に中国(中華民国)が接収し、アメリカを含めた諸国はこれに異議を唱えなかった。
ところが朝鮮戦争の勃発後、アメリカはにわかに前言を翻し、「台湾の領土的帰属は未決定」とする立場に転換し、台湾問題を国際問題化した。対日平和条約で日本は台湾などに対する領土権を放棄したが、その帰属については触れられなかったのはそのためだ。日本政府は爾後、「日本は台湾に対する一切の権限を放棄した。台湾の領土的帰属について発言する立場にはない」という立場に終始することになった。
その日本は独立回復にあたり、アメリカとの間に安保条約を締結(一九六〇年に改定)し、同条約の適用範囲である「極東」には台湾が含まれるとされた。アメリカ(及び日本)の理屈は、領土的帰属が未決定な台湾に対して中国が軍事力を行使する場合には、台湾に盤踞する中華民国政府を防衛するためにアメリカ軍がその防衛に当たることは中国に対する内政干渉には当たらない、というにあった。
この虚構は、本来日本(一九七二年)及びアメリカ(一九七九年)が中国との国交を回復した時点で清算されるべきものだった。しかし日米両国は言を左右にして右の虚構を崩すことを肯んじなかった。この矛盾極まる日米両国の姿勢は、日中及び米中関係が良好な間は表面化することはなかった。しかし、新ガイドライン(一九九七年)の適用範囲として「周辺事態」が問題となった段階で、この虚構が再び全面的に表面化した。即ち、「周辺事態」には台湾は含まれるか、という問題だ。
「台湾は中国の不可分の一部で、台湾問題は国内問題」とする中国は、新ガイドラインの適用範囲に台湾が含まれることは重大な内政干渉に当たるとする。日米両国は、「周辺事態」は地理的概念ではない、という詭弁で中国の批判をかわすことに懸命だ。しかし、かりに台湾が独立を宣言した場合にアメリカが如何なる軍事行動をとるか(そして日本がアメリカにどう協力するか)を考える時、「台湾の領土的帰属は未決定」とする立場を放棄しない日米両国の意図は容易に想像がつく。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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