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台湾人の独立精神

投稿者: twaptng 投稿日時: 2004/10/11 12:45 投稿番号: [13602 / 66577]
l台湾の農民の多くは、17世紀以降に大陸の福建省から移住してきた開拓民である。南部の台南の周辺から、だんだんと北に向かって開拓が進んだ。開拓農民は、故郷の福建での貧しい生活を捨て、豊かになろうと海を渡って台湾に入植し、ようやく土地を手にした人々だ。自ら人生を切り開いた経験から、自主独立の機運が強い。

  大陸からの移民は開拓に際し、古代から台湾に住んでいたマレー・ポリネシア系先住民族の土地を奪っている。アメリカ開拓史の背後に、欧州出身者が先住民(インディアン)を殺して土地を奪った史実があるように、台湾の「開拓」も、先住民にとっては「侵略」である。

  台湾の先住民の抗議は今も続いているのだが、その問題は改めて考えることにして、ここでは台湾の農民が、開拓民としての起源を持つがゆえに、自主独立の気持ちを強く持っていたということに視点を置く。

▼清朝時代から繰り返された反乱

  彼らは日本支配以前、清国による支配の時代から、大陸からきた役人の腐敗や増税に反発して、数年に一度、蜂起を起こしていた。大陸時代の故郷が同じ人々どうしのつながりなど、地域をこえた互助会組織や結社がいくつも作られていたから、島内のどこかで蜂起が起きると、数日間のうちに台湾各地に広がることが多かった。(「黒社会」と呼ばれる台湾の暴力団組織の結束は、この互助会を歴史的ベースにしている)

  このような伝統の中にやってきた日本は、清朝に代わる外来の支配者であった。清朝は漢民族の王朝ではないという点で、漢民族主体の台湾開拓民の反感をかいやすかったが、日本人は中国の歴史上「野蛮な海賊」として認識されてきたので、清朝よりさらに反感を抱かれる傾向が強かった。

  大陸から赴任してきていた清国の高官が大陸へ逃げ帰り、大陸にも財産を貯めていた台北の地元有力者たちも逃げてしまい「台湾民主国」は崩壊した。だが、残された人々はその後で、絶望的な戦いを日本軍に挑み続けた。

  住民の抵抗は、大都市より農村で激しかった。大都市は清朝の傭兵によって守られていたので、兵士には決死の戦闘意欲がなかったが、農村では自分たちの土地を守るという意識の強い人々が、決死の覚悟で立ち向かってきた。

  人々の抵抗意識の強さに応じるかたちで、清朝から派遣されていた将軍、劉永福は、台北から台南に拠点を移し、他の高官たちが逃げた後も台湾に残り、台南で「台湾民主国」の政府を再編成した。この政府組織は、日本軍が台湾全土を掌握するまでの4カ月間、存続したが、フランスその他の海外諸国で「台湾民主国」を承認した国はなかった。
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